タイトル : 『未定』
作 者 : 【アマ枠】置き陶季様
------------------------------------------------------------
「準、帰るぞ」
「あー気持ち悪りぃ…納得いかねえ」
俺、小日向雄真の隣でぶつぶつ言っているのは、渡良瀬準。
一応、俺の悪友だ。 友人と認めるのに抵抗がある事がよくある。
弩級の馬鹿なのだ。
何故か放課後、名指しで魔法科の校舎裏の溝掃除を教師に言い渡された俺達は、
ようやくその仕事を終え、鞄を取りに教室へ戻ったところだ。
もう、一部の生徒以外は残っていない時間だ。
やや潔癖の気が見られる準は、ぐったりと自分の机に倒れこみ、動かない。
「ちょっと体育の授業サボったからって、あの糞筋肉脳味噌教師…」
「ちょっと、かあ?」
正確には、最初の2回以外、準は体育の授業に出ていない。
曰く、汗を掻くのが嫌で、体育会系のノリが大嫌いだかららしい。
その事で、2回目の授業中に教師と喧嘩して以来、全く出ていない。
「臭せぇ…疲れた…死ぬ」
「どちらかというと、その言葉は単に友人と言うだけでつき合わされた俺の台詞だと思うが?」
「ああ…悪りい…って、お前も目ぇつけられてるだろ!?」
「ちっ」
俺もあの体育教師は気に入らない。
「死んでないで、とっとと帰ろうぜ」
「あの糞筋肉、マジ覚えてやがれ」
「なあ、あれ」
魔法科の職員室に報告した後。
階段に差し掛かった所で、準が声を上げた。
階下に女子生徒が見えた。
遠目にも清楚で、大人しそうな子だとわかる。
「魔法科の…上条沙耶だよな!?」
準が興奮気味に言う。
…どこかで聞いた名前だ。 俺は少し考えて、
「…いや、知らない。 俺等、普通科だし。 というか何で知ってるんだ?」
「知らない方がおかしいんだって! 魔法科の高嶺の花をチェックして無いなんてモグリだ!」
そう言って、びしっと俺を指差す。
ああ、こいつはやっぱり馬鹿だ。
「よし、声かけるぞ」
「やめとけって」
「馬鹿、後悔は後でするものだ!!」
だんだん面倒になったので、止めるのを止めた。
上条沙耶へ向かっていく準の背を見送りながら、俺はその名前に思考を巡らす。
どこかで、聞いた。 そう、最近。
「ああ!」
思い出した。
「うわあ!?」
俺の突然の声に驚いたのか、準が階段を踏み外し、
「ああああ!!」
転げ落ちていく。 やけにスローに見えた。
「準! 彼女にぶつかるぞ、避けろ!」
「きゃあっ?」
見事にぶつかり、彼女を巻き込んで倒れた。
「うわ、あの馬鹿っ!」
俺は急いで階段を駆け下り、準をどけて彼女を起こした。
「大丈夫ですか?」
「雄真…俺の心配は?」
寝惚けた事を言う準は無視する。
「気を失ってるな…もしもし?」
頬を軽くつつく。 柔らかい。
準も、俺の背後から覗き込む。
「雄真…遊んでるなよ。 あと俺もやりたい」
「お前は黙って寝てろ」
と、少しの間をおいて、少女は目を開けた。
「ん…えっ!?」
少女は……上条沙耶は、目を開けた途端、耳まで朱に染めて跳ね起きた。
「うわっ」
俺達も立ち上がり、彼女を見る。
……近くで見ると、なるほど、美人だ。 準が騒ぐだけの事は、ある。
だが、今はそれどころではない。
「すみません。 不注意で…準、お前謝れ」
「本当にごめんね。 怪我しなかった? 俺、渡良瀬じゅ…ぐわあっ」
自己紹介にかかった準の鳩尾に肘を入れ、黙らせる。
それどころでは、ないのだ。
「じゃあ、俺達は、これで」
「なに慌ててるんだよ、雄真。 ちょっとくらい…」
俺は、準に向き直り…その姿を見てしまった。
「準!」
準の目が、いつものへらへらした目から、危機を察した目に変わる。
…草食動物みたいだな。
準が飛び退く。 その場を、恐ろしい速度の鉄拳が唸りを上げて通過した。
体格のいい、肩を怒らせた男子生徒が立っていた。
「彼女のお兄さん、だな、多分…」
「えっ? ああ! そっか。 聞いた事ある…えーと」
そう。
俺達普通科のクラスで、少し前に上条沙耶にアタックし、その兄に成敗された奴がいた。
「あいつ、今どうしてるんだっけ?」
「やっとリハビリ出来るくらい快復したって聞いたが」
「それは何よりだな。 今度見舞いに行くか」
「沙耶っ、大丈夫か!?」
「あっ、へ、平気だよ…?」
「顔が赤いじゃないか!」
上条兄はこちらに振り返った。
妹を心配する兄の顔から、閻魔の顔へ。
「貴様ら…俺の妹に何をした!?」
「いや、ちょっと不注意で…」
「殺す!!!」
「説得は無駄だ。 おい、雄真、退くぞ!」
「くそっ、またお前に巻き込まれるのかよ!?」
俺達は魔法科の廊下を猛然と走り始めた。
背後から、濃い殺気が追ってくるのが体でわかる。
鳥肌が止まらない。
「俺は無罪だ、この渡良瀬準ってのが、単体で全部悪いんだが!?」
そう、後方に向けて怒鳴る。
「てめえっ! 親友を売るのか!? 薄情な奴め!」
「誰が親友だ! 俺は生き延びる。 お前だけ死ね!!」
走る事はやめずに、そう言いあっていると後方から
「疑わしきは滅せよ、という言葉を知らないか。 妹を汚した知人も推定死刑だ!」
「いや、罰せず、だし。 裁判とかは?」
「俺の心の中で略式で行われた。 残虐非道の所業に情状酌量の余地も無し。 貴様等の体に折れていない骨が残ると思うなよ!?」
上条兄は残虐非道な言葉を怒鳴りながら追いかけてくる。
「おい、すぐに追いつかれるぞ、あっちは魔法科、こっちは普通科だ」
間違いなく、追走の速度が異常だ。 こちらも足に自信はあるが…。
「雄真、お前って魔法使えたっけ?」
「少しだけ。 準は使えたよな?」
「一般的なのは殆ど使えないけどな。 この状況なら、いくつか使えそうなものがあるっ」
普通科でも、魔法が使える人は、ごく少数だが存在する。
俺も準も、実はその少数に属する。
ただ、要するに、魔法科の入学試験を突破するには、筆記、素質のバランス等、様々な関門が存在する。
その基準から漏れた奴が、普通科にいる事がある。
ちなみにそういった奴は大抵が、使える事自体を隠している。
理由は……推して知るべし、だ。
俺は…親の影響から、素質自体はある、とは聞くが、実際、趣味のレベルを出ない。
一つには体系的に、本格的に覚える事をしていないからだ。
後ろを振り返る。 もう、すぐ其処まで上条兄が迫ってきている。
「追いつかれる」
「うりゃっ」
準が、魔法で防壁を作り出した。 見事なものだと、俺でもわかる程の完璧な防壁だ。
「やれば出来るじゃん」
「けっ」
準は不機嫌な顔をして、唾を吐く。
上条兄が防壁の場所にたどり着く。 ニヤリと笑い、
「ふん!」
「…は?」
右拳の一撃。 それだけで防壁は砕け散った。 俺は目を見開く。
隣の準を見やると、阿呆の様に口を半開きにして驚いていた。
「無駄だ! 悪は滅びる決まりだ!!」
上条兄が迫る。 俺は廊下の窓際、水飲み場に密接し、腰を落とす。
上条兄の放った、空気が絶叫する程の中段蹴り。
瞬間的に飛び退く俺をぎりぎりのラインで掠め、水飲み場のコンクリートに激突。
その寸前、彼の足が僅かに蒼く発光しているのを目にした。
「うわっ!?」
俺の背後にあった、水飲み場のコンクリート製の流し台が粉々に破壊され、
破裂した水道管から盛大に水が噴出した。
「うおおおっ!?」
あまりの水量に驚く上条兄の声が聞こえた。
学校に関わらず、この現代の建造物の建材には、強力な耐衝撃、耐魔処理が施されている。
学校等の建造物は特に、物理的衝撃には勿論の事、学生が使用出来るような一般レベルの
魔法を幾らぶつけても、焦げ目一つ付ける事は出来ない。
先刻の準の防壁が、あまりに容易く破られた事に疑問を持って試してみたが、
やはり上条兄の攻撃は、単なる、魔法による速度、筋力強化程度の物理攻撃では無い。
「はは…マジで分子構造への干渉かよ……」
準が横で壊れた様に笑う。 俺も自然と笑いが零れる。
間違いなく、学生が使うには複雑すぎる魔法だ。
…まあ、ちらほら、そういう物が使える人がいるのは聞く。
得意分野、という奴だ。
ちなみに準の得意分野は防壁、光学的な幻覚……他にもあるが、大体が逃走用だ。
実は、この分野では魔法科の教師を含め、他の追随を許さない程だ。
準はこの事実を頑なに隠しているが、実際、大したものなのだ。
ただし、それ以外、所謂魔法の基本となる分野は一切、素質が無いらしい。
魔法科に入れなかったのも、そのあたりだろう。
……チキンハートの表れだと思う事は黙っておく。
「はぁっ……はぁっ…くそっ、冷や汗と震えが止まらねえ」
「ぜえっ、それ、恋なんじゃねえ? ごほっ、あーっ…生存の可能性が見当たらない」
走りながら、俺達は恐怖を噛み殺す。
「準…本気で行くぞ」
「魔法はうんざりだと言うのに! 幸い、俺達以外にはもう学校にいないようだしな」
準は眉間に皺を寄せ口を歪ませて、嗤いながら言う。
苛立ち、恐怖しながら、笑っている。
ああ、俺は、こういうスリルを味わいたくて、準と居るのかもしれない。
この腐れた日常を忘れる瞬間を
「予定通り、俺が誘導、準は幻覚魔法で補助、いくぞっ!!」
俺は水のみ場にあった石鹸を握りながら、そう叫んだ。
魔法科の校舎端にある1階の美術室まで移動した。
「うおらああ!!」
上条兄の必殺の一撃が、また迫る。 ぎりぎりまで引き付けて避けないと
軌道が変化して回避できなくなる、恐ろしい攻撃だ。
背後に回した俺の手がうっすらと発光。
「何も無い空間」にその手をやる。
微かに空間に波紋。 上条兄の上段蹴りがその場を通過。
俺は寸前で屈み、空を切る。
「雄真!」
準が叫ぶ。 俺はその場から退避、予定されているのは、あと2つ。
「甘い!」
台風のような連撃が俺を襲う。
準のサポートが無ければ、間違いなく肉片になってしまう様な猛襲。
俺は予定された場所に順に向かい、魔法を使う。準が援護する。
使い慣れない魔法を使って、心臓が悲鳴を上げ続けている。
(準備完了!)
教室の中央で背中合わせの準と、振り返りながら目で交わす。
上条兄が迫る。
この一瞬で
「死ねええ!!」
俺達は
「いくぞ、準!!」
予定した奇跡を起こす。
「おう、雄真!!」
いや、それは奇跡ではない。
普通科所属の平凡な俺達と、奇跡は無縁だ。
俺は握り潰した石鹸を足元に叩きつけ、魔法を二重起動。
脳に焼ける程の発熱を感じ、全身の細胞が絶叫する。
足元にバケツ1杯ほどの水を発生させ、同時に天井へ手をかざす。
俺の手が、これ以上無い程に青く発光。 天井が青く、波打つ。
俺に迫る最速の死。 俺の背後に、準。
意識に引き延ばされた時間。準の歯軋りが聞こえた。 汗が首筋を流れ落ちる。
上条兄の踵落としが俺達に迫る。
俺の足は上条兄の、美術室の地面についている方の足に掛かる。
地面は石鹸水で水浸しだ。
準の魔法が、瞬間的な加速を俺達にもたらす。
俺達の体はその場から、あり得ない速度を得て、美術室の窓ガラスをぶち破り、外へ。
「うお!?」
俺の足が上条兄の足を攫い、転ぶのが見えた。 天井が歪み、
校舎が崩壊を始めた。
1階の美術室へ2階、3階が崩落して雪崩れ込む。
元々頑丈な構造体が仇となり、その崩壊に引っ張られ、連鎖的に校舎が崩れていく。
俺達は、上条兄の攻撃で、教室の構造体を破壊させたのだ。
「何も無い空間」に「空振り」と見せていたが、あれは準の幻覚魔法、
そして俺が、得意分野の分子構造への干渉魔法で構造体を軟化させた。
上条兄はそれと知らず、構造体を破壊していった。
殆どの構造体を破壊され、不安定になったところで、俺の魔法が天井に干渉。
全体的にある程度軟化させ、部屋を崩壊へと導いた。
上条兄が幾ら分子構造への干渉が出来ても、圧倒的な物質量は彼の処理能力を上回るだろう。
校舎全体へと崩壊が連鎖してしまったのは予想外だ。
「明日から魔法科、授業とかどうするのかね?」
「さあ? とりあえず、逃げるぞ。 バレたら退学じゃ済まない」
「上条兄、死んだかな?」
「生きてるだろ。 あれくらいで死ぬとは思えん。さて、脱出だ」
正門、裏門では発見されるので、侵入者探知のセンサーを避けて塀をよじ登り、校外へ。
何故か準は、センサーや警備員の配置に詳しかった。
「手馴れ過ぎだぜ、準」
「頼もしいとか言ってくれよ、相棒」
俺達は、崩壊の音を響かせる校舎を後にした。
後日。
上条兄は大した怪我もなく無事だったが、この件に関しての記憶が無かった。
真相が明かされる事は、今もまだ無い。
|