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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 共通ルート 10-1

第十話『帰ってきてない少女』 (1)




    翌日。


涼太  「うーん、今日もいい天気だな」


    朝から気温が高いし、だいぶ暑くなりそうだ。

    奴を連れ戻しに行くには、絶好のお天気――なんだけど。


涼太  「……こんな暑い日に出かけるのか。やっぱやめようかな」


渚沙  「賛成よ! せっかく補習が休みなんだし!」


渚沙  「今日はみんなでラノベでも読みましょう! オススメの作品があるのよ!」


星里奈 「いきなり挫折してるんじゃない、二人とも」


星里奈 「なにが悲しくて、こんな天気のいい日に顔をつきあわせて本を読まないといけないんだ」


渚沙  「……ちぇっ、星里奈はたまに常識人ぶるんだから……」


星里奈 「常識にこだわらないやり方で言うことをきかせようか?」


    ぎらり、と星里奈の目から殺気が放たれる。


渚沙  「じょ、冗談よ。ちゃんと準備もしたんだし、行くわよ。行けばいいんでしょ」


涼太  「まあ、別に俺一人でもいいんだけど……」


    渚沙と星里奈には昨日、陽鞠を連れ戻しに行く話はしておいた。

    とは言え、それは一人いれば十分な話で、なにも大所帯で行く必要もないんだが……。


渚沙  「リョータを一人で行かせるのは危なっかしいでしょ」


渚沙  「ていうか、せっかくの夏休みなのに別行動しすぎでしょ、あたしたち……」




星里奈 「私は陽鞠が言うことをきかなかったときに、言うことをきかせる係だ」


星里奈 「ふふ、出番があるといいな……陽鞠め、せいぜい抵抗するがいい……」


涼太  「…………」


    よくわからんが、二人ともなにやら思惑があるらしい……。


涼太  「というか、星里奈は制服で行くのか?」


星里奈 「制服なら汚れてもいいしな」


涼太  「ふーん……」


    こいつ、あまり私服着ないんだよなあ。

    というより、学園以外でも出かけるときは制服姿が多い。

    これから行く場所を考えると、制服はあまりふさわしいとは思えないけど……ま、いいか。







渚沙  「も、もうダメ……」


渚沙  「あたしが死んだら、本棚の一番上にお気に入り作品が入ってるから、一緒に埋めて……」


渚沙  「あと、ついでにリョータも一緒に埋まって……」


涼太  「生き埋めかよ!?」


    ついでで、とんでもないことを要求するなって。


涼太  「とは言え、確かに人が死にかねない環境だよな……」


    いくら斜面が緩やかな道だと言っても、この暑さで山登りとか……俺たち、いったいなにしてるんだろう……。


星里奈 「なんだ、二人ともだらしないな。この程度の山道で」


渚沙  「なんであんたは汗一つかいてないのよ。化け物なの……?」


    渚沙の“化け物”という言葉に、星里奈は怒るでもなく不敵に笑ってみせた。


星里奈 「私たちはまともじゃないだろう。変な力あるし」


涼太  「関係ないようでいて……やっぱり、まったく関係ない話だけどな!」


    確かに普通じゃない力は持っているが、この山道では“こころえのぐ”も“ひみつでんわ”も“あしたよほう”も役に立たない。

    というか、能力が役に立ったためしがほとんどないんだけど。


星里奈 「この山はまだ登りやすいほうだ。ほら、もう少しで山頂だぞ。あっという間だったじゃないか」


涼太  「俺にしてみれば、やっと山頂なんだけど……」


渚沙  「誰よ、こんな山をつくったの……責任者、出てきなさいよ……」


    俺は神様にまで文句をつけるつもりはないけど……。


涼太  「しかし、あいつはいったいどこにいるんだ……?」


星里奈 「正直、雲を掴むような話ではあるな」


    そう、我らが幼なじみの一人、風見陽鞠はこの山のどこかにいる。

    ……でも、具体的にどこかはわからないのである。


渚沙  「ああもうっ、陽鞠はいったいなにしてるのよ! 山登りとか面倒くさい趣味持っちゃって!」


涼太  「インドアの渚沙と正反対だもんな」


渚沙  「あたしが文明人なの! 人類はクーラーとラノベを発明したのよ! その恩恵にあずかるべきなのよ!」


涼太  「俺もまあ、ラノベはともかく、だいたい同意なんだけどな……」




星里奈 「趣味を変えろ、というわけにもいかないだろう。二人ともあきらめろ」


涼太  「そりゃごもっとも」


    いつからそうだったのかは覚えていないが、陽鞠の趣味は山歩きだ。

    陽鞠はしょっちゅう、一人でこのあたりの山をうろちょろしていたりする。


涼太  「人の趣味にケチをつけるのもなんだしな」


渚沙  「それはそうね。趣味は大事だわ。一番大事と言っても過言じゃないわ」


渚沙  「“ラノベw”とか笑う奴らは死ねばいいのに」


渚沙  「今時のラノベは異世界ばかりとか、全部同じじゃんとか言ってる奴らは時代についてこられないだけじゃない!」


涼太  「お、落ち着け、渚沙。誰もおまえの趣味はけなしてないから」


渚沙  「……そうだったわ」


    俺らの周囲で人の趣味を笑うような奴はいないけど……

    渚沙はネットもよく使うから、そういう批判的なものも目にする機会が多いらしい。


涼太  「それより、陽鞠だ。あいつの趣味はいいんだけど、気軽に何日も行方不明になられるのはなあ」


渚沙  「一応、断りを入れてから出かけてるっていっても、何日で戻るか謎だしね」


涼太  「だよなあ」


    陽鞠が出かけていったのは、何日前だったか。

    いつものことだけど、一度出かけると、なかなか戻って来ない。


涼太  「今はこのあたりの山以外には行かないっていう歩さんとの約束があるんだが……」


涼太  「何日もこんなとこで、なにやってるんだか……」


星里奈 「陽鞠は、遠くのもっと険しい山にも登りたいらしいがな」


渚沙  「歩姉さんが許可を出すわけないわね。勝手知ったるここらの山だから許してるんだもの」


涼太  「歩さんは、大ざっぱなのか過保護なのかわからないよなあ」


    まあ、色々うるさいのは、俺たち居候ズも家族だと思ってくれているからなんだろうけど。


渚沙  「といっても、ここらの勝手を知ってるのは陽鞠だけなのよね……」


涼太  「昔は山で遊んだりもしたけど、あの頃の俺たちと今の陽鞠じゃ行動範囲がまるで違うしな」


星里奈 「そうだな、おまえたち二人とは体力も違うだろう」


    正直、ぐうの音も出ない。



渚沙  「あ、あたしたちがもやしなんじゃないわよ。陽鞠や星里奈が体力ありすぎるの」


渚沙  「これだから田舎の子は……」


    渚沙も俺も、田舎の子だけどな……。

    とにかく、陽鞠は山歩きに慣れてるし体力もあるから、山から山へと平気な顔で渡り歩いている。

    このあたりは山だらけだし、なんか見つける自信がなくなってきた……。


涼太  「陽鞠がそろそろ戻ってきてるなら、近くにいるはずなんだが」


渚沙  「それは希望的観測じゃないかしら……」


渚沙  「祭ちゃんの家とか、あの辺まで行ってる可能性もあるわけだし」


涼太  「あんな遠くまでか……まあ、あり得るか」


    祭がしょっちゅう愚痴を言ってるくらい、あいつの家は遠い。


涼太  「ちょっと祭にもメール入れとくか。陽鞠を見てないか……って、ダメだ」


涼太  「あいつ、今日は家で手伝いだよな。祭の家って電波が入らない魔境だった」


星里奈 「電波が入るだけで、私たちの家も祭のところとたいして変わらないがな」


星里奈 「ただ……祭の家のあたりは他にも人家があるからな。陽鞠は、ああいうところには出没しないんじゃないか?」


涼太  「マジもんの魔境を捜したほうがいいのか……?」


    とりあえず、祭には“実は俺、おまえのことが……”と思わせぶりなメッセージでも打っておこう。


涼太  「星里奈、おまえの“あしたよほう”は?」


星里奈 「なにも視えてないな。そんなに都合よく発動するなら、私は今頃おまえたちの女王様だ」


涼太  「なにを企んでるんだ!?」


    俺たちの未来が好きに視られるなら、あわよくば従えてしまおうとか思ってるのか!?


星里奈 「気にするな。ただまあ、このまま捜して見つかるかは怪しいか」




星里奈 「こっちにも細い道があるな。ちょっと見てくるから、おまえたちはここで休んでいろ」


    と、星里奈が一人でさっさと行ってしまう。


渚沙  「……あいつ、マイペースよね」


涼太  「陽鞠もマイペースっぷりなら負けてないけどな……」


    ……結局、俺たち二人になっちゃうんだよな。

    もう何年も前から、星里奈と陽鞠とはちょっと距離がある……ような気がしてしまっている。

    いや、それは“距離”というほどハッキリとしたものじゃないのかもしれないけれど……。

    星里奈にも陽鞠にも自分の世界があって、それは歳を重ねるごとに明確な形で現れるようになった。

    昔はもっとこう、なにをするにも俺たち幼なじみはセットだったはずなのに……。

    こんなことをいちいち気にするなんて、俺はまだまだ子供なのかもしれない。

    けれど、ずっと一緒だった人たちと離れ始めている気配のようなものを感じてしまうと、とても寂しい気持ちになるのだ。

    そして、そんな寂しい気持ちのとき、一緒にいてくれるのは、いつも渚沙だった。

    渚沙だけは、今も昔も、ずっと俺と一緒に成長してきた幼なじみだった。


渚沙  「星里奈のマイペースはともかく、陽鞠はね。こんな山道をよく飽きもせずに歩くもんだわ」


涼太  「あ……ああ。そ、そうだな」


    突然言い淀んだ俺に、渚沙はきょとんとした顔で首をかしげてみせた。

    いかんいかん、なにを唐突にセンチメンタルな気分になってるんだ。


涼太  「うん、なんというか……陽鞠の奴、だんだん野生化してきてるのかも?」


渚沙  「あんた、幼なじみを動物みたいに……否定できないけど」


涼太  「こんな山の中、俺たちはもちろん、バカみたいに鍛えてる星里奈でも何日ももたないぞ」


涼太  「陽鞠、普段はおっとりのんびりなのになあ。山に入ると本能の中に眠る野生が刺激されるのか……?」


渚沙  「放っておくと、本当に山に住み着きかねないわね。祭ちゃんのアネーズに狩られちゃうわよ」


涼太  「平和な田舎町で凄惨な事件が! って感じだな」


    陽鞠を完全に放置したら、本当にそんなことにもなりかねない気がして、笑っていいのか判断に迷う話だ……。


涼太  「っと、電話だ」


涼太  「はい、どうした?」




祭   『どうした、じゃないよ! なんだよ、あのメッセージは!』


涼太  「あれならすぐに返事が来るかなと思って。というかおまえ、家で手伝いじゃないのか?」


祭   『この男、自分だけ常識人ぶってるのがタチが悪い……』


祭   『今日はセカンドアネーと用事で出かけてるんだよ。今、用事が終わってスマホ見たところ』


涼太  「なるほど」


    セカンドアネーは説明するまでもなく、祭の二番目のお姉さんのことだ。


涼太  「いや、ちょっとな。陽鞠を捜してるんだけど、おまえ知らないか?」


祭   『あー、かざみんか。よし、わかった。今すぐ山狩りの準備を!』


涼太  「そこまでしなくていい! つーか、どうやって人を集めるんだ!?」


祭   『我ら山の民は慣れておるゆえな』


涼太  「いつから山の民になったんだ」


涼太  「そうじゃなくて、どっかで見かけてないかとか、あいつが行きそうな心当たりとか」


祭   『見かけてはいないなあ。うちの家族も、見てたら教えてくれるだろうし』


祭   『たるたるなら、知ってるんじゃない?』


涼太  「あー、ホタルか……あいつなら心当たりくらいはあるかもな……」


    ホタルはどういうわけか、陽鞠と仲がいい。

    陽鞠も、最近は俺たちよりホタルとの連絡のほうが密だろうし、どっちの方に向かったのかくらいは知っているかも?


祭   『私も今から山に戻るから、ご近所にもちーっと訊いてみるよ』


祭   『でも、うちはご存じのとおり電波来ないから、手がかりあってもすぐには連絡できない! 期待はしないように!』


涼太  「悲しいことを偉そうに言うなよ……まあ、助かる」


祭   『ういー、私もアネーを連れて山へ帰ろう』


    と、通話終了。

    もちろん、お姉さんが祭を連れているんだろうけど、いちいちそんなことでは突っ込まない。


涼太  「とりあえず、次はホタルに連絡してみるか」


渚沙  「あー、確かにあの子ならなにか知ってるかも」


渚沙  「まったく、うちの“けもの姫”は手間を取らせるわね」


涼太  「ここまで来たら、手ぶらでは帰れな――」


??? 「きゃああああああああーーーーーーーっ!」


涼太  「…………っ!?」


渚沙  「山頂のほうよ!」


涼太  「ちっ、なんなんだ……行くぞ!」


渚沙  「行かないわよ! ずらかりましょう!」


涼太  「逃げるのかよ!?」


渚沙  「危ないところには近づかない! 危ない人がいたら即通報! ただし星里奈は除く!」


渚沙  「これが、歩姉さんの教えよ!」


    確かにそう教わったけど!


涼太  「でもさすがに悲鳴は放っておけないし……」


    いや、危険があるかもしれないなら、渚沙は連れて行かない方がいいのか?


涼太  「わかった。俺は行くけど、渚沙はここにいてくれ!」


渚沙  「ま、待ってよ、行くわよ、行けばいいんでしょ!」


    確かに別行動もそれはそれで怖い。もし不審者とかがいるなら、一緒の方がいいか。


涼太  「ちゃんと俺の後ろにいろよ!」


    渚沙に一声だけかけて、あとは返事も聞かずに山頂まで全速力。

    なにが起こってるのかは知らないが、聞こえてきたのは女の子の悲鳴だ。

    頼むから、変なことにはならないでくれよ……!

    (to be continued…)