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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 8-3

第八話『はじめてのラヴをあげる』 (3)




    図書室には今日も誰もいなかった。


涼太  「ここはいつも、すいてるな」


    存在が意味を成してるのかどうか心配になるぐらいだ。


渚沙  「……夏休みの補習終わりだもの」


渚沙  「こんな時間にわざわざ図書室に来ようっていう物好き、めったにいないわよ」


涼太  「俺たちは、そのめったにいない物好きってわけか」


渚沙  「……そ、そういうこと」


    しかし、渚沙は手になにも持っていなかった。今日はラノベを読むんじゃないんだろうか?

    ……いや、そもそもなにか大事な話があるって言ってたな。


涼太  「本、読まないのか?」


渚沙  「う、うん……。今日は、いい、かな……」


    渚沙の言葉は歯切れが悪い。


渚沙  「……きょ、今日は、さすがにりんかは来ないわよね?」


涼太  「りんか? 朝、今日はまた山の方を見に行ってみるとか言ってたかな?」


    山の方に行ったのなら、学園に来てる時間はないだろう。


涼太  「……りんかと言えば、昨日は驚いたな」


    なぜかカチコチになっている渚沙の緊張をほぐすために、軽い雑談を投げてみる。


渚沙  「う、うん。そうね……」


    しかし、渚沙の反応は芳しくない。

    というか、やっぱり顔が赤くないか?


涼太  「おい、大丈夫か……? なんか顔赤い気がするし、フラフラしてないか?」




渚沙  「そ、そうね……はあ」


    完全に上の空。……まったく大丈夫じゃなさそうだった。


涼太  「おまえ、具合悪いだろ。……今日はさっさと帰るぞ」


渚沙  「ま、まって……!」


    渚沙は思いの外強い力で俺の腕を掴んだ。


涼太  「どうしたんだ? なんか様子が変だぞ?」


渚沙  「う、うん……。その話をする前にね、またお願いがあるんだけど、いい……かな?」


涼太  「また、って……?」


渚沙  「この間みたいに……あたしに“こころえのぐ”を、かけてほしいの……」


涼太  「それって……」


    前回はまだ、その後になにが起こるのかわからなかったけど――

    あれは、渚沙が告白する勇気を得るために使った“こころえのぐ”だったわけで……。


渚沙  「ダ、ダメ……?」


    なんだか、もじもじしながら俺を見る渚沙。

    その目が濡れたように光って、ドキッとしてしまった。


涼太  「ダメ、ではないけど……」


渚沙  「そ、それなら……お願い」


    渚沙は今、あのときと同じくらい緊張している、ということだろうか。

    そう言えば、この間思い出した記憶では、俺が名付けたばかりの“こころえのぐ”を渚沙に使っていた。

    勇気の魔法……。ああやって“こころえのぐ”を使い始めたのは、俺の方だったんだな。


渚沙  「…………お願い、リョータ。あたしに、もう一度勇気をちょうだい?」


涼太  「わ、わかった……」


    俺がそう言うと、渚沙は心底ホッとしたように長い息を吐き出し、少しだけ微笑んだ。


涼太  「じゃ、じゃあ……かける、ぞ?」


渚沙  「お、お願い……します……」


涼太  「……“こころえのぐ”」




    あのときと同じように、温かな赤をイメージしながら、人差し指を振るった。


渚沙  「……あっ」


渚沙  「……やっぱりあたし、これ……好きだな」


涼太  「ただ、昔の俺からやり出したことではあるんだけど……これ、あんまりやるとクセになって、よくないんじゃないか?」


渚沙  「大丈夫、大丈夫」


渚沙  「あたしがリョータを受け入れてるって……ことだもん」


涼太  「いや、そういう問題じゃなくてだな……」


渚沙  「い、いいから! そんなことは、今はいいの!」


渚沙  「あ、あのさ……リョータは、あたしのこと……す、好き?」


涼太  「へ? な、なんだよ急に……」


渚沙  「だ、だって……あ、あたしたち、付き合ってるでしょ?」


涼太  「な、なにを今さら。……うん、付き合ってぞ」


渚沙  「う、うん……でもさ、付き合ってる男女がするようなこと……まだ、してないじゃない?」


涼太  「つ、付き合ってる男女が、するようなこと……?」


    思わず復唱してしまった。それで、その言葉が持つ淫靡な響きに気が付く。

    ハッとして渚沙を見つめ返すと、渚沙はまだ潤んだ瞳でこちらを見ていた。


渚沙  『そ、その……ね?』




渚沙  『……あたしは、リョータが好き』


    渚沙は、口で言うのが照れ臭いのか、“ひみつでんわ”で自分の気持ちをささやいた。

    だけど、脳内に直接響くその声は、より官能的で……ゾクゾクした。


涼太  「……俺も、渚沙が好きだぞ」


    今なら、躊躇いなく言える。本当は……もっとちゃんと、俺から伝えるべきだったのだ。


渚沙  「う、うん……だから、さ」


    渚沙が一歩、俺に近づいた。


渚沙  『あ、あたしとじゃ……その、嫌かな?』


    渚沙から、俺も目を逸らすことができない。


涼太  「嫌なんて……あるわけないだろ。俺たちは、付き合ってるんだから……」


    鼓動がうるさいぐらいに聞こえていた。心臓が耳元まできてしまったみたいだ。


渚沙  『だったら……いい、よね……?』


    渚沙がなにを望んでいるのかはわかった。

    図書室には相変わらず誰もいない。……補習の終わったみんなも帰っただろう。

    ……きっと、今日はもう、誰も来ない。


涼太  「ほ、本当に……いいのか?」


    俺の問いかけに、渚沙は緊張した面持ちで頷く。


渚沙  「もちろん、いいよ……。リョータなら……」


渚沙  「ただ……する前に、キス……してほしい、かな」


涼太  「渚沙とキス……。俺も、したい……」


    視線を合わせると、渚沙の濡れた瞳の奥が、切なげに揺れたような気がした。

    そのまま、吸い寄せられるように俺は渚沙の顔に自分の顔を近づけていった。

    ふっと渚沙が目を閉じた。唇からもう目が離せない。


渚沙  「んっ」




    俺たちは唇と唇が触れるだけの、つたないキスをした。


渚沙  「ちゅ……えへへ。ファーストキス」


涼太  「っ……。お、俺も……」


渚沙  「そ、そなんだ。……う、嬉しい」


涼太  「お、俺も……嬉しい」


    ファーストキスに、味なんてしなかった。

    ただ、鼻腔一杯に、渚沙の香りが広がって……ひたすらに、たまらなかった。


渚沙  「で、でも……これで満足しちゃダメよ……?」


涼太  「今更渚沙がダメって言っても、俺が我慢できないって……」


渚沙  「あ……」


    渚沙を後ろから抱きしめようとすると、少し困惑したような声を漏らした。


涼太  「あ、ええと。ダメ、だったか……?」


渚沙  「ん、と……あのね……」


    渚沙は少し言葉を躊躇わせたかと思うと――



渚沙  『あたしから……リョータにしてあげようと思ってたの』


    頭の中に少し不満げな渚沙の声が響いてきた。

    そんなことを頭の中でささやかれたら、もう本当に止まれなくなる。


渚沙  「あっ、こらっ。きゃっ」


    (to be continued…)