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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 9-2

第九話『嫉妬しないなんて、無理だよ』 (2)




涼太  「……もうこんな時間か」


    日がすでに傾き始め、あと少しで夕方になろうという時間だった。

    ……結局、渚沙とのデートは、外せない急用が入ったとかで、流れてしまった。

    渚沙の泣きそうな声で謝りまくる“ひみつでんわ”はちょっと笑えた。


涼太  「そんなデートの一つや二つ、流れたくらいで大げさなんだよな、あいつは」


    そんなわけで部屋の掃除をしていたのだが、部屋の奥から出てきた漫画を読み直していたら半日潰してしまった。


涼太  「……ふぅ。まあ、掃除もこんなところにしておくか」


涼太  「喉渇いたな……」


    また冷蔵庫の麦茶もらいに行くか……。







    渚沙とりんかだ……。

    そう言えば、渚沙の急用って結局なんだったんだろう……。


涼太  「お……」


    声をかけようとして、それを飲み込んだ。

    どこか声をかけられない雰囲気が漂っているような気がしたのだ。

    いったいなにを話してるんだろう? 思わず息を飲み、こっそりと二人の様子をうかがう。


渚沙  「……じゃあ、行きましょう」


りんか 「うん、ゴメンね」


    二人はどこかに行くつもりみたいだ。

    どこに行くのかも気になったが、二人の固い表情からどんな話をするのかが気になった。







    二人がやって来たのは神社だった。

    神社には人気はない。俺はさっと木の陰に身を隠した。


涼太  「……思わず、こっそり付いてきてしまった」


    放っておいてはいけない、と直感的に思ったのだ。

    だが、褒められた行動でもない。俺はごめんなさい、と心の中で二人に謝った。

    物陰からこっそり渚沙とりんかを覗き見ると、二人は境内で静かに見つめ合っていた。


渚沙  「……それで、話って?」


りんか 「うん、あのね……」


    りんかは何度か逡巡し、そして口を開いた。


りんか 「わたし、思い出したよ」


    思い出した……?

    聞こえて来た言葉にハッとした。思い出したって……消えてしまっていた記憶をか?


渚沙  「そ、そっか……。そうなんだ、やっぱり……」


    渚沙は激しく動揺しているように見えたが、驚いてはいないみたいだった。


りんか 「もしかして、なぎは気づいてた……?」


渚沙  「……な、なんとなく。この前の、図書室のときかなって……」


りんか 「……そっか。なぎにはわかっちゃうんだね」


    図書室のときって……。

    図書室に渚沙といたら、りんかが来て付き合っているのがバレたときの話だろうか。


渚沙  「思い出したのって……リョータのこと、よね?」


りんか 「う、うん。そんなところまでバレちゃってるんだ……」


涼太  「お、俺のこと……?」


    思わず口に出してしまい、慌てて口をつぐむ。

    俺のことってどういうことだろう? ……りんかは俺のなにを思い出したっていうんだ?


りんか 「うん。思い出しちゃったよ。わたしが……」




りんか 「リョー君を、好きだったこと」


涼太  「え……」


    また声に出してしまっていた。

    りんかが俺のことを好きだった?


涼太  「そんな、まさか……」


    なにがなんだかわからなくなる。目の前の景色がぐるぐる回っているみたいだった。

    思い出したと言うんだから、子供の頃の記憶だろう。子供の頃、りんかは俺のことが好きだった、だって……?

    ズキンッ!


涼太  「うっ……」


    痛みに思わず目を閉じると、暗いまぶたの裏にチカチカと光が瞬いていた。

    暗闇のその奥に、なにか映像が浮かび上がってくる。

    でも、それはぼんやりしていて、どんな内容なのかを判断することはできなかった。


涼太  「なんだ、今の……」


    呆然として目を開ける。


渚沙  「………」


りんか 「………」


    視線を二人に戻すと、渚沙とりんかは無言で見つめ合っていた。

    先に口を開いたのは、りんかだった。


りんか 「な、なんか、ごめんね! 今更こんなこと蒸し返したりして」


渚沙  「……りんかの気持ち、気が付いてたわ。昔から」


    昔……りんかがまだ町にいた頃、りんかは俺のことが好きで、そのことに渚沙が気付いていた……ってことなのか?

    途方もない新事実だらけで、また頭がクラクラしてきた。


りんか 「やっぱり……そう、だよね」


りんか 「なぎは、わたしがリョー君のことを好きなの、知っちゃってるよね」


渚沙  「っ…………」


    渚沙が反応する。どこか怯えているような顔だ。

    りんかがどんな話をするかわかっていて、それを聞きたくないと思っているような……。


りんか 「じゃあ、やっぱり、わたしはやらなくちゃいけないね」


渚沙  「や、やるって、なにをやるっていうのよ……」


りんか 「そ、それはほら、アレだよ……。アレ」


りんか 「具体的なことは……その、察してほしいなぁって」


渚沙  「さ、察してってあんた……。そんな……」


    りんかと渚沙はお互いに言葉を濁して話を進めていた。

    一見してお互いがお互いの言いたいことを理解した上で話しているようにも見える。

    ……しかし、なんだろう、この違和感は。

    なぜか、致命的な誤解が起こっているような気がしてならなかった。


りんか 「そのアレをするためにも、なぎには事前に話をしておかなくちゃって思ったの」


渚沙  「は、話って……?」


りんか 「なぎにはちゃんと筋は通しておかないとって思ってたんだ」


渚沙  「す、筋……」


りんか 「なぎはリョー君の彼女だからね。彼女には一応、断わりを入れておかないと」




渚沙  「リョ、リョータに、告白するつもり?」


    渚沙がりんかを睨む。

    でも、その目は責めているというより、やっぱり怯えているように見えた。


りんか 「だ、だからほら、具体的なところは察してってば。かっこ付かないじゃん」


    りんかは誤魔化すようにそう言った。しかし、否定もしなかった。

    つまり……。


渚沙  「リョータは、あたしと付き合ってるんだよ? そ、それでも……するの?」


りんか 「だ、だからこそだよ!」


渚沙  「だからこそ? リョータがあたしと付き合っているから、りんかはリョータに告白するって言うの?」




りんか 「あ、あれ? なんか、わたしの言いたいこと伝わってる気で喋ってたけど、実はちっとも伝わってなかったり……?」


    なんだ? りんかの様子がおかしいぞ?

    さっきから二人の雰囲気に変なギャップがあると思っていたけど、これは本格的にまずいのではないだろうか?


渚沙  「なによ、りんかの言いたいことなんて、リョータに告白する、ってことだけでしょ……?」


りんか 「い、いや、そうなんだけど、そうじゃないっていうか……」


    りんかが言葉を探しておろおろする。

    渚沙は泣きそうな顔になっていた。


渚沙  「本当に、するんだ……」


りんか 「で、でも、なぎからリョー君を奪おうとか、そういうつもりじゃないからっ!」


渚沙  「じゃあ、いったいなによ!?」


りんか 「わ、わたしはただ、今のままじゃいられないって、そう思っただけで……」


渚沙  「伝えたらっ! ……伝えちゃったら、余計にそのままじゃいられないわっ!!」


りんか 「そ、それは……そういうことも、あるかもだけど」


渚沙  「それに、りんかの気持ちを知ったら、リョータは……」


    渚沙はそう言いかけて、残りを飲み込んだ。


りんか 「大丈夫だって、リョー君はそんないい加減な男の子じゃ……」


渚沙  「リョータが優柔不断じゃないっていうの?」


りんか 「そ、それは……こう、と一言では表現できないところがあるけど……」


りんか 「で、でも、信じてあげなきゃっ。なぎは彼女でしょ」


渚沙  「それがわかってるなら、告白なんてやめてよっ!」


りんか 「それは、だって……」


渚沙  「あたしだって……わかってるのよ。リョータに本当に相応しいのが、誰かなんてこと……」


りんか 「……な、なぎ?」


渚沙  「でも、いいじゃない。お願いよ……ようやく、恋人になれたの」


渚沙  「あたしにも、もうちょっとだけ夢……見させてよ」


りんか 「だ、だから……わたしがしようとしてるのは、その……なぎからリョー君を取ろうとか、そんなことじゃなくてっ」


渚沙  「じゃあ、いったいなんだって言うのよっ!」


りんか 「そ、それは……その……」


    どんどん空気が険悪になってきてしまっている。内容が内容なだけに仲裁に入るわけにもいかない。

    いや、それでも強引に割って入るべきなのか……? どうする、どうするのが一番なんだ……?


りんか 「もー、どうしてわからないかな? リョー君の彼女はなぎなんでしょっ」


りんか 「昨日だって、二人で仲良く手を繋いでたじゃない!」


りんか 「今さらわたしが好きとか言っても、リョー君の気持ちは揺るがないって!」


渚沙  「そんなこと、りんかにわかるわけないじゃないっ!」


渚沙  「告白なんて、絶対にダメなんだから……!」


涼太  「りんかが、俺に告白……」


涼太  「なんか……」


    胸がモヤモヤしていた。なにかを思い出せそうな気持ち。

    なんだろう、これは……。自分でも理由がわからなくて戸惑う。


渚沙  「とにかく、りんかはリョータに告白なんてしちゃダメ!」


    それだけ言って、渚沙は境内から出ていこうとする。


りんか 「あ、待ってよ、なぎ。違うの、なぎは誤解してるよ!」




渚沙  「付いてこないで! しばらく……一人にさせてよ」


りんか 「なぎ……」


    りんかは一人で神社から去っていく渚沙の背中を見送っていた。

    本当は、今すぐ渚沙の後を追って話をするべきなのかもしれない。

    しかし――


涼太  「ぐっ……。なんだ、これ……」


    頭が、割れるように痛かった。

    ズキン、ズキン、ズキンッ。

    痛みは奥から奥からやってくる。それらは引くどころか、時間と共にどんどん大きくなっているようだった。


涼太  「あっ……。これ、やば……」


    そのまま、俺の意識は暗闇の中に落ちていった。

    (to be continued…)