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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 9-3

第九話『嫉妬しないなんて、無理だよ』 (3)




    小さな俺が、小さなりんかに熱心に話しかけていた。

    季節は夏で、場所は今も毎日のように利用している通学路だ。ただ違うのは、馴染み深い建物が幾分かだけ新しく見えること。

    おそらく帰り道なのだろう、俺とりんかは並んで歩いている。


涼太  「り、りんか……。その、明日のお祭りなんだけどさ、おれと……一緒に行かないか?」


涼太  「その……み、みんなとじゃなくて……二人で」


    小さな俺の台詞と一緒に、胸の中に当時の感情までもが生々しく思い出された。

    りんかの近くにいると、それだけでドキドキして、フワフワして、甘くて、切なくて、苦しかった。


りんか 「う、うん。……わたしも、ね。リョー君とお祭り、行きたい」


    りんかのその言葉が、今すぐ跳ね回りたくなるほど、嬉しかった。


りんか 「で、でもね? わたし、お父さんに神社のお祭り、お手伝いしなさいって……言われてるの」


    そんなの、まったく問題じゃなかった。……だって“おれ”は、りんかと一緒にいたいだけなんだから。

    そうだ。そのお手伝い、おれも一緒にやればいいんだ! そして、終わったら一緒にお祭りに行けばいい!


りんか 「えへへ。リョー君、優しいね……。ありがとう」


    あっ。……りんかが笑ってくれた。それだけで、転げまわりたいくらい、胸が温かくなる。


りんか 「そっか……うへへ。あのね、リョー君……」


りんか 「手……繋いでも、いい?」


    手……!? おれ、りんかと手、繋いでいいの……!?

    うわっ、どうしようっ。緊張して、変な汗かいてきたっ。


りんか 「う、ううん! 嫌ならっ、い、いいのっ!」


    そんなわけない! りんかと手、繋ぎたいっ!

    うわぁ……りんかと、手を繋げるなんて、夢みたいだ……。


りんか 「ぎゅっ……えへへへへ。リョー君と、初めて手、繋いじゃった」


    りんか……可愛いなぁ。

    おれ、やっぱり、りんかのことが好きなんだ……。


涼太  「げっ!? 渚沙!?」


    だけど、そんな幸せな時間はすぐに終わってしまう。道に先に、渚沙が責めるような視線で仁王立ちしていたから。


渚沙  「ちょっと! あんた、りんかになにしてるのよっ!」


涼太  「ちっ。なんにもしてねーよっ! ていうか、なんの用だよ」


    その後のおれは、りんかと手を繋ぐのを邪魔した渚沙に対して態度悪く接していた。

    小さい渚沙はそのことで一層腹を立てて食って掛かり……。

    小さいりんかは、それを後ろでにこにこ笑って見ているのだった。







涼太  「うっ……今の、は……」


    気が付くと、俺は夕暮れ時の神社の木の陰に、一人で座り込んでいた。


涼太  「そ、そうだっ……」


    さっきまで、境内で渚沙とりんかが言い争っていたんだ……。

    慌てて周囲を見渡すが、もう境内には渚沙の姿もりんかの姿もなかった。

    どうやら、二人とも俺のことには気付かず、帰ってしまったらしい。


涼太  「にしても……今の記憶……」


    りんかがこの町を引っ越す前……。

    りんかが、“にっきけしごむ”で俺たちの記憶を消す前の光景だろう。


涼太  「りんか……」


    その名前をつぶやくだけで、胸が切なくなった。

    記憶と一緒に、当時に想いまでもが戻ってきてしまったようだった。

    だけど……。


涼太  「渚沙が好きな気持ちだって……」


    渚沙と積み重ねてきた時間の記憶だって、消え去ったわけじゃない、のだ……。

    俺の胸の中には、りんかに想いを寄せる自分と、渚沙が大好きな自分が、確かに同時に存在していた。


涼太  「はは……なんだこれ、すげー苦しい……」


    渚沙も、りんかも、どちらも大切な友達で、傷付けたくなかった。

    そして、渚沙も、りんかも、どちらも傷付けたくなるほど、愛おしかった。


涼太  「そっか……だから人って、二股とかしちゃダメなんだろうなぁ……」


    心の中で、他人を想えるだけのスペースには、きっと限りがあるんだ。

    少なくとも、俺の心は二人の女の子を同時に想えるほど、ゆとりがないんだろう……。

    だから、渚沙が好きな俺と、りんかを好きな俺が、胸の中で戦っていて、それが、とても苦しかった。


涼太  「リョータは優柔不断、か……確かに、そうなのかも」


    先ほど、渚沙がりんかに投げつけた言葉だ。

    正直、否定できなかった。

    そんなんだから、渚沙は勇気を出して告白してくれたときも、格好悪い返事しかできなかったし……。

    今だって、友達を自分勝手な秤に乗せて、自分勝手に苦しんでる。


涼太  「だけど、これ以上優柔不断で、好きな女の子を……悲しませるわけには、いかないよなぁ……」


涼太  「そのために、俺にできること……か」


    その方法は、たった一つしかないように思えた。

    いや、本当は一つじゃないのかもしれない。だけど……俺ができることには限りがある。

    それはつまり、世界で一番好きな女の子以外への気持ちを、忘れる、ということだ。

    この胸の苦しみのうち、片方をなかったことにして、一番の子だけを愛する、ということ。

    そして、その相手が誰なのかは……。

    実のところ、最初からわかっていた。


涼太  「りんか……」


涼太  「…………ごめん」


    そして、りんかに精一杯恋をしていた、昔の“おれ”にも……。

    謝って済む問題じゃないかもしれないけど、だけど……ごめん。

    俺は、今日この瞬間、思い出したばかりの“おれ”の想いを、すべて忘れることにする。

    おまえはただの思い出で、今の俺には、大切な人がいるから……。

    こんなのはもしかすると、最低のやり方なのかもしれない。

    過去を大切にしながら、昔の想いや、りんかの想いをしっかりと受け止めて、今を作っていくやり方が、あるのかもしれない。

    だけど、俺にそんな方法は思いつかないし、なによりもまず、渚沙に安心してもらいたいと、そう思うのだ。

    だから、忘れる。

    りんかを好きだった“おれ”は、過去に存在したのかもしれないけれど、今の俺にはもう、なかったのと同じことだ。

    ……そういうことに、する。

    それが、俺にとって一番大切なものを守るために、俺ができることだから。

    (to be continued…)