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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 16-2

第十六話『勇気の魔法』 (2)




    補習もない今日、図書室はひっそりしていた。

    人の気配は一つもない。


涼太  「まだ二人とも来てないか」


    時計を確認すると、昼までにはまだ5分ちょっとある。


涼太  「ふー……緊張して来た」




りんか 「なんでリョー君が緊張するの?」


涼太  「あ……」


    声に振り返ると、りんかが図書室に入って来たところだった。


りんか 「わたしやなぎが緊張するならともかく、リョー君が緊張することないでしょ?」


涼太  「そ、そんなことないぞ。俺だって緊張するよ」


りんか 「ふふ。選ばない方に悪いから?」


涼太  「い、色々だよ」


    俺は曖昧に答える。

    他に言いようがなかった。


りんか 「色々か。あはは」


    ぼやかして答えた俺に、りんかはおかしそうに笑っていた。


涼太  「そういうりんかは、全然緊張してないんだな……?」


りんか 「だって、もうまな板の上の鯉だもん。ジタバタしたってしょーがないよ」


涼太  「そりゃそうだろうけど……」


りんか 「なぎは、ギリギリに来るつもりかな?」


    りんかが時計を見ながら言った。


涼太  「……たぶん、そうなんじゃないかな」


りんか 「でも、あと5分ぐらいだね」


涼太  「だな」


    あと5分。5分後には、俺は返事をしなくちゃならない。

    一人を選んで、その前でもう一人を振る……。

    俺に、そんな大それた資格があるとは到底思えない。

    でも、こうなったからには、誠心誠意答えよう。

    正直な気持ちを二人に話そう。俺にできるのはそれだけだから……。







りんか 「……なぎ、来ないね」


涼太  「遅いな」


    約束の時間を、もう10分過ぎていた。

    図書室は相変わらずひっそりと静まり返り、新たに誰かがやって来そうな気配もない。


りんか 「なにかあったのかな?」


涼太  「……だといいけど」


りんか 「へ? “だと”いいの?」


涼太  「……嫌な予感がしてきた」


    これは、もしかして……。


涼太  「来ない」


    もう時間を40分以上過ぎている。


りんか 「やっぱり、なにかあったんじゃない? 電話してみようか」


涼太  「俺がしてみる」


    スマホを取り出し、渚沙の番号を呼び出す。


りんか 「どう?」


涼太  「……出ない」


りんか 「マジ? もしかして事故とか……」


涼太  「いや、違う」


    どうやら悪い予感が当たったみたいだ。


りんか 「違うって、じゃあなに?」


涼太  「……あいつ、逃げやがった」


りんか 「へ? 逃げた……の?」


涼太  「十中八九」


りんか 「でも、どうしてなぎが逃げるわけ?」


涼太  「ビビったんだよ」


りんか 「ビビった……?」


涼太  「俺の答えを聞くのを」


りんか 「え……?」


りんか 「ええーーーーーー!?」


涼太  「電話はたぶん居留守だな。メッセージを送ってみる」


    テキストメッセージなら反応があるかも。

    思った通り、すぐに返事が来た。


りんか 「なんて?」


涼太  「“探さないで下さい”」




りんか 「ええーーー!? じゃあ本当に逃げたわけ!?」


涼太  「みたいだ」


    ここ数日、殊勝な態度で生活していたので、すっかり油断していた。

    元々渚沙は土壇場に弱く、困難には立ち向かうよりも逃げ回るタイプだった……。


りんか 「え、いや、でも……そんなことってある……?」


りんか 「選び直しにしても、今日の約束にしても、なぎから言い出したこと……だよ?」


涼太  「ある。渚沙なら、やる」


りんか 「言い切ったね……。いや、もう実際にやらかしてるんだけど」


涼太  「あいつはなんというか、本物のバカなんだよ」


りんか 「このタイミングではなんというか、否定しづらいものがあるね……」


涼太  「……りんか、俺だんだん腹が立ってきた」


りんか 「奇遇だね、リョー君。実はわたしもだよ」


    一人で不安になって、一人で暴走して、見当違いの覚悟を決めたかと思ったら、今度は逃げ出して。


涼太  「だいたいあいつは、俺のこと好きだと言っておきながら、俺のことを信用してなさすぎる!」


りんか 「信用もそうだけど、単純に人の話も聞いてないよね。勝手に思い込んで、勝手に話進めちゃうし」


涼太  「バカの考え休むに似たり、って言葉を渚沙は知らないのか?」


涼太  「というか、休んでくれてた方がマシなんだよ! これ以上、余計なことすんなって!!」


りんか 「思えばわたしたち二人、ここ半月以上なぎに振り回されっぱなしだよね!」


涼太  「ほんとだよ!」


    俺たちはバシンバシンと机を叩いてヒートアップしていった。


涼太  「渚沙のアホ! おバカ! マヌケ!」


りんか 「暴走女! 臆病者!」


    本人が聞いていたら顔を真っ赤にして怒り出しそうな、程度の低い悪口大会になってしまった。


りんか 「……はぁ……はぁ、まあ今日のところはこれくらいで勘弁してやらぁ」


    二人して思いつく限りの悪口を並べ立てて、少しだけすっきりした。

    しかし、そうなると今度は妙におかしさが込みあげてきて、笑えて来た。


涼太  「んっ、ふふっ……」


りんか 「リョー君、どうしちゃったの? 突然……」




涼太  「いや、もう俺はダメなんだなぁって思ってさ」


りんか 「……ダメ?」


涼太  「渚沙はこんなにバカなのに、そのバカさが可愛くて……やり方はアレでも、やっぱり俺は愛されてるんだなって感じちゃって」


涼太  「今、すげぇ嬉しい自分がいるんだ……」




りんか 「……そっか」


りんか 「じゃあ、その答えを伝えにいかなきゃね」


涼太  「ああ」


涼太  「探しに行く。絶対見つけ出す!」


りんか 「もちろん手伝うよ! 手分けして探そう!」


涼太  「頼りにしてる」


    どこに隠れたとしても見つけ出してやる。

    俺は、渚沙に伝えなきゃならないことがあるんだから。

    (to be continued…)