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タイトル : 『未定』
作 者 : 【アマ枠】haya@firefox様
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「・・・さみぃぃ」
夏でさえ日が遮られて肌寒い校舎裏は、二月の終わりのこの時期は、寒風吹きさぶ極寒地獄だった。
こんな場所の掃除当番なんて、いつもなら確実にエスケープしているところだ。
だが
「おらおら、寒さに震えている場合か雄真! 掃除だ! 掃除!」
やたらとハイテンションな悪友の渡瀬準がいるせいで、それも不可だ。
こいつだって、いつもなら掃除当番の「そ」の時も頭になく、放課後になった瞬間、ゲーセンにでもダッシュしているはずだ。
それが箒を抱え、鼻歌交じりなのにはもちろんわけがある。
「まぁ冬ですし。 仕方ないですね。 四人で協力して手早くすませてしまいましょう。」
準が上機嫌な理由その1。 今、穏やかに提案した美少女がいることだ。
彼女は最近、突然俺たちのクラスに転入してきた魔法科の生徒、神坂春姫だ。
その容姿・性格・頭脳・運動能力どれも完璧で、男と限らずクラス中の人気をさらっている。
そんでもって、準が上機嫌なのはもう一つ理由があって・・・
「うーさむー。 何で私がこんなことやらなきゃいけないのよ。」
さっきからぶーたれている、このロングヘアの美少女がいることだ。
彼女は、春姫と同じく魔法科の生徒で柊杏璃という。
春姫と同様、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。
ただし性格に多少の「難」があり春姫ほどの人気はない。
もっとも、あの燃焼系の性格がたまらない、ぜひ杏璃さんにぶちのめされたい、とかいう危ない趣味の一部の男子生徒には
熱狂的ファンがいるようだ。
春姫にがんばりましょうね、と輝く笑顔で箒を渡された俺は、多少のやる気がでて掃除を始めた。
広い校舎裏の掃除に四人。 しかし十分に機能しているのは俺と春姫の二人だ。
数分おきに、準が杏璃にちょっかいを出すからだ。
そのたびに杏璃は暴風のごとく箒を振り回しては準をめったうちにしていた。
準は鼻と耳から血を流しつつ、しかし喜んでいるようにもみえた。
俺は準の姿に多少の戦慄を憶えた。
と、
「あー!!」
はや、6度目にして親の敵のように準をぶちのめしていた杏璃が、叫び声を上げた。
そして、準を忘れたかのようにいずこかへ走り出した。
みると、杏璃の行く先には、なにやら黒い固まりがあった。
「うぉっ。」
よくよくみて、それが一匹の黒猫であることに気づいた俺はぎょっとした。
隣で春姫も目を丸くしている。
その黒猫は、自分の毛皮の他に、全身に黒い布をまとっていた。
布には、何やらおどろおどろしい金色の文字が書かれている。
さらに黒布には何十本もの白い鎖のようなものが付けられていた。
よく見れば、どうやらその白いものは動物の骨を糸で結びつけて出来ていることが分かった。
黒猫が動くたびにカラカラと乾いた音がして、盛大に白い粉が飛び散った。
黒ずくめの猫は杏璃から逃げ出そうとしたが、当然、黒布の「衣装」のせいで動きは鈍い。
運動神経抜群の杏璃が逃すはずもなく、さっと抱き取った。
「ひどい。」
杏璃は、憤慨して、黒布を脱がせてやろうとした。
その周りを準が手伝おうとうろうろしたが、邪険に追い払われた。
黒布を杏璃にとってもらった黒猫は、清々したという様子で杏璃に抱かれている。
「一体、誰がこんなことをしたんでしょうか? 芸か何かの衣装でしょうか?」
春姫が首をかしげている。
「さぁ? 生物部もジャグラー部もこんなことするとは思えないしなぁ。 この猫にでも聞けば分かるだろうけど?」
俺は冗談めかしていった。
だが、意外な反応が春姫から返ってきた。
春姫は、ぱちんと手を叩いてにっこり微笑み
「そうですね。そうしましょう。」
俺はびっくりして春姫を見る。
すると、春姫は小声で何か俺には分からない言葉を呟き始めた。
「神坂?」
俺は、声をかけたが春姫は目をつむったまま答えない。
そして、俺がもう一度、声をかけようとしたその瞬間、突然春姫の姿が消えた。
俺はあわてて、あたりをきょろきょろした。 すると
ミャー
下から鳴き声がした。 みれば、そこには一匹の猫がいて、俺を見上げていた。
妙に毛並みがいい美しいアメリカンショートヘア。
それは不思議と、ある人物を連想させた。
「・・・まさか、神坂か?」
俺が半信半疑、おそるおそる声をかけると、ミャーと猫はうなずくように鳴いた。 そして杏璃のほうに歩き出した。
杏璃に抱かれていた黒猫は自分と同じ種族の接近に気づいて、トンと飛び降りた。
そして二匹の猫は、猫語で何やらコミュニケーションを取り始めた。
「はぁ、しかし魔法っていうのは便利なんだな。」
俺は素直に、感心する。
「生き物への変身は難度の特に高いA級魔法なんだぞ。 さすが春姫さんだな!」
準が自分のことのように自慢げに解説した。
「ってことは、杏璃とかはできないのか?」
言ってから、俺はしまったと思う。
すぐさま俺は異様な悪寒をおぼえた。
おそるおそる振り返ると、杏璃の頬がヒクヒクと引きつっている。
気のせいか、その背後には巨大な黒い炎が立ち上っている気がした。
見事に杏璃のライバル心を刺激してしまったようだ。
声をかけて止める間もなく・・・
杏璃は一度気を落ち着けるように深呼吸をした。
そして小声で何やら呟き始めた。
一言も分からないが、どうやらさっき春姫が呟いていたのと同じ呪文のようだ。
そして、数秒後、杏璃は三毛猫に変身した。
「ミャー」
三毛猫杏璃は得意げに俺と準を見上げながら鳴いた。
と、
「あら、こんなところにいたのね」
穏やかな声が俺たちの背後から聞こえた。
振り返ると、黒髪の長身の女性が立っていた。
彼女も春姫たちと同じくやはり魔法科の生徒だ。
ただ、俺たちより一つ学年が上で小雪先輩という。
「ギミ”ャーミ”ャーァ”ぁ・・・」
小雪先輩の出現に黒猫は、おびえた鳴き声を発した。
尻尾の先まで一気に全身の毛がぶわっと逆立ち、耳をピンとたて、震えている。
恐慌状態に陥った黒猫は突然、疾走を開始した。 そして、あっという間に俺たちの視界から消えた。
あとに残された二匹と二人はあっけにとられた。
「あらあら、困ったわね。 でも友達を呼んできてくれてみたいだし、放っておいてあげましょう」
そう言って、小雪先輩はこちらに向き直ると二匹に近づいてきた。
何か先輩の表示に危険なもの感じた俺は、小雪先輩から守るように、素早く猫春姫を抱き上げた。
準も俺に倣うようにあわてて三毛猫杏璃を抱き上げる。
そのさい杏璃は準に抱かれるのを嫌悪しているのか激しく抵抗した。
あっという間に準の手と顔は無数の傷だらけになった。 まぁ野郎の傷なんてどうでもいいが。
「あのー小雪先輩? 猫がどうかしたんですか?」
俺は、慎重に言葉を選んで話しかけた。
「猫って、本当にかわいいですよね。」
小雪先輩は、そう微笑みながらさりげなく、俺が抱いている春姫の方に手を伸ばしてきた。
俺の腕のなかで、春姫がビクリと震えた。
俺は、そうですね、と笑顔でうなずきつつ、しかしさっと二歩ほど後退する。
それから、俺は思い切って聞くことにした。
「あのー。 コレは俺の全くの勘なんですけど、さっきの黒猫が不思議な衣装着ていたのと小雪先輩って、
ひょっとして何か関係があります?」
勘といいながら、ほぼ100%の自信があった。
先輩はただ
「うふふふふ」
と意図不明の笑みを浮かべた。 そして、
「猫は、魔力が高いですし、古来、不幸を象徴したこともあって、とっても役に立つんですよ。 ・・・特に頭部は」
「頭部は?!」
「ええ、まだ拍動したままの脳を取り出して、切り開くとマナが脳髄液に集まっていて・・・うふふ小日向君。 冗談ですよ」
俺の表情の変化を愉しむように、小雪先輩は物騒な冗談をさらりという。
「そうですよね、いくら先輩でもそんなことは・・・」
「ええ。」
先輩はうなずき、言った。
「私が使うのは心の臓と肝(きも)くらいです。」
「え?」
俺は聞き返し先輩がまた、「冗談ですよ」というのを待った。
だが先輩は笑顔を浮かべたままだった。
「「・・・」」
しばらく、沈黙が流れた。
俺と先輩は、張りついたような笑顔を浮かべていた。
が、やおら
「まぁ、そういうわけで、その猫を私にくださいな。」
と先輩は何事も無かったかのように話をつなげると、俺が抱いている猫春姫を奪い取ろうとした。
「何がそういうわけなんですか!」
俺は春姫を抱えたまま逃げた。 先輩がいつものおっとりとした雰囲気と、打って変わったような猛スピードで追いかけてくる。
一、二分、おいかけっこ続いた。 が、さすがに先輩もあきらめたのか俺を追いかけるのをやめた。
と思っているうちに、今度は先輩は、準に近づいていった。
「渡瀬君。 その猫渡してくれないかしら?」
準に抱かれるのに激しく抵抗して暴れていた杏璃は、今度は、準の制服にバリバリ爪を立ててしがみついている。
正直、美人の先輩のことならあっさり言うことを聞くかと思ったが
「いや、ちょっと、それは・・・」
準は言葉を濁す。
杏璃への偏愛だけでなく、たぶん制服を貫通して突き刺さってくる杏璃の爪が警告してきたためだろう。
だが、
「渡してくれたら、あとでいいことしてあげるけどな?」
小雪先輩は妙に艶な声で、準に色目を使う。 おそらく加えて小雪先輩お得意の邪眼も使っているだろう。
「いいこと?」
己の欲望と邪眼にあっさり陥落した準は、ふらふらと小雪先輩に寄っていく。
これ、しっかりしろとばかりに、杏璃が準の首筋をひっかいているが、準はでれっと鼻の下を伸ばしたまま気にもとめない。
「ありがとう準君」
そして、杏璃の激しい抵抗も空しく、準は小雪先輩に杏璃を渡してしまった。
杏璃は、小雪先輩に渡されると激しい抵抗を試みた。
だが、小雪先輩の右手に触られた途端、杏璃の全身がビクビクビクと痙攣したかと思うと、
次の瞬間、白目になり口から泡を吹いた。
そして、もはやピクリともしなくなった。
「では、ごきげんよう」
首尾良く目的のものを手に入れた先輩は、準を引き連れ杏璃を抱えたまま校舎の中へ消えた。
「・・・」
「あの・・・」
突然、耳元で春姫の声がした。 同時に腕に暖かく柔らかい感触。
俺がおそるおそる目をやると、既に春姫は人間に戻っていた。
つまり、猫を抱いていて、それが人に戻ったのであるから、俺は春姫をおもいっきり抱きしめている状態だった。
こんなところをクラスメイトに見られたら、どうなることやらなんてことが一瞬、頭に浮かんだが、
春姫から漂ってくる甘い薫りと、暖かく柔らかい感触に、そんなことは霧散していった。
胸がバクバクして、頬が熱くなって俺は思わず硬直したまま動けなくなった。
そんな俺の様子に気づいたのか、気づいていないのか、春姫は少し頬を赤く染めて俺からそっと離れ
「ありがとう」
と礼を言った。
それが小雪先輩から死守したことだと察するまで数秒かかった。
その後、お互いに微妙に赤面しつつ目をそらしていたが、やがて落ち着くと
「杏璃はだいじょうぶでしょうか?」
春姫が心配した。
「まぁ、いくから小雪先輩でも、そこまで無茶なことはしないだろう」
俺はかなり希望的な観測だな思いながら答えた。
しかし先輩の裏の性格をあまり知らない春姫は素直にうなずいた。
「人、少なくなっちゃいましたけど・・・掃除しましょうか?」
「そだな。」
俺はうなずいた。
凍るような寒さでの校舎裏の掃除も、さっきの春姫のぬくもりが残っているような気がして、もうさほど気にならくなっていた。
追伸
後日、準は杏璃にカエルに変えられ、一日中、生殺与奪権を握られていた。
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