タイトル : 『はぴねす! ぷろろーぐ』
 作 者 : 【アマ枠】朝霧玲一様

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「うう〜、遅くなっちまった……」
 俺は廊下を小走りで移動していた。
 俺は小日向雄真。 瑞穂坂学園に通っている、ごくごく普通の2年生だ。
 妹のすももが「今日の放課後、買い物に付き合って欲しい」と言うので、校門前で待ち合わせしていたのだが、
掃除が予想以上に長引いてしまった。
 待ち合わせ時間にはギリギリ間に合うかどうか、といったところだ。
「仕方ない、スピードアップするか」
 小走りだった足の回転をさらに上げようとした時、目の前にひとりの女生徒がいるのに気がついた。
「うわっとと!」
 俺は咄嗟に急ブレーキ。 危うく正面衝突するところだったが、なんとかセーフ。 ふ〜、やれやれ。
「…………」
「あ、すみません。 大丈夫ですか?」
 どこか涼しげな雰囲気のあるその女生徒は、俺をじ〜っと見つめたまま動かない。
 ぶつからなかったから大丈夫だとは思うけど、びっくりさせてしまったかな。
「……これ、どうぞ…」
 女生徒は身に着けていたエプロンのポケットから絆創膏を取り出すと、俺に差し出した。
「あ、俺は別にケガしてないですから」
 と言って断ろうとしたんだけど、女生徒は俺の手を取って絆創膏を握らせた。
「多分、必要になりますから……」
 柔らかな笑顔を浮かべてそう言うと、女生徒はぺこりと頭を下げて歩いていった。
 俺はしばらくぽかーんとしていたが、はっ、と待ち合わせのことを思い出して、
絆創膏をズボンのポケットに押し込んでダッシュを再開した。
 後に、この女生徒が不幸の占い的中率ほぼ100%の、魔法科3年生、高峰小雪先輩だと知ることになる……。
 
 階段を2段飛ばしで駆け下りていると、今度は別の女生徒の姿が目に映った。
 向こうも小走りで走ってきていたようで、方向は変えられないようだ。
 俺は必死に体を捻ってかろうじて衝突を避けたものの、運悪く避けた足元にはバケツが置いてあった。
 おそらく掃除道具の片付け忘れであるバケツに足をひっかけてしまい、俺は転んだ。
 さらに運の悪いことに、転ぶまいと伸ばした手が彼女の服にひっかかってしまい、彼女も巻き込む形になって転んでしまった。
「わ、悪い! 大丈夫か?」
 俺は転んだ時に手のひらにかすり傷を負ったが、それぐらいなら大した事はない。
「あいたたた……」
 彼女は体を起こして俺を見ると、ちょっと怒ったような顔で見つめる。
「もう、階段は気をつけないとダメですよ?」
「うん、ほんとごめん。 ……立てる?」
 俺は彼女に手を差し出す。 彼女は俺の手を掴んで立ち上がろうとするが、
「いたっ」
 小さく声をあげて、ぺたんと座り込んでしまった。
「……右足をちょっと捻っちゃったみたい、です」
 彼女はそう言って苦笑した。
「じゃあ、保健室まで連れて行くよ」
 悪いのは全面的に俺なんだから、それぐらいのことはして当たり前だ。
 というか、しなくちゃいけない。
 そう思って再度彼女に手を伸ばした時、
「待ちなさ〜い、春姫〜〜〜!!」
 と言う声が遠くから聞こえてきた。
「あ、杏璃ちゃんだ。 まずいな……」
 彼女は不安そうに呟いた。
「もしかして、追われてたりするの?」
 学園内で追われるなんてどういう状況なんだ、とか後で考えればすごく不思議な話だが、その時はなぜかそうとしか思えなかった。
 彼女は俺の問いかけに、こくりと頷いた。
「あ〜、そこにいたわね! 待ってなさいよ春姫〜」
 廊下の反対側に姿を現した女の子は、ツインテールを風になびかせながら駆け寄ってくる。
 もたもたしている暇は……ない!
 俺は「ごめん」と声をかけると、彼女を抱きかかえた。
「え? あ、あのちょっと?」
 突然のことに狼狽する彼女を抱きかかえて、俺は追いかけてくる女の子から逃げるように走り出した。
「あ!? ちょっとそこのアンタ、なにやってんのよっ! 待て〜」
 待てと言われて待つやつはいない。
 俺は全力で走り始めた。
 これが「災害スプリンクラー」という異名を持つ、魔法科2年生で「神坂春姫のライバル(自称)」である、
柊杏璃との初顔合わせ(?)だった…。
 
 がちゃり
 屋上の扉を開けると爽やかな風が吹き込んできた。
 ここまで来れば大丈夫かな。
 学園内を走り回って、俺は屋上までやってきた。 どうやら杏璃は振り切ったようだ。
「あ、あの……」
 腕の中には顔を真っ赤にして、か細い声を出す女の子がひとり。
「なに?」
「そ、そろそろ降ろしていただけると……」
「あ、ああ……そ、そうだよな」
 俺は屋上に備え付けてあるベンチに、そっと彼女の体を降ろした。
 冷静に考えればすごく恥ずかしいことをしていたような気もするが、あの時は夢中だったのだ。 他意はない……。
 決して、彼女の息づかいが首筋に当たっていたとか、思っていたよりも軽くてやわらかかったとか、
髪の毛からいい匂いがしていたとか、思っていたなんてことはない……と思う。
 …………。
 しばらく沈黙が続く。
「あ、あの、どうもありがとう」
 先ほどよりは落ち着いたのだろう、まだ少し顔は赤いが穏やかな微笑を浮かべて彼女がそう言った。
「突然のことだったからびっくりしちゃったけど」
 にこっ、とあたたかい笑顔で笑う彼女。
「あいや、俺のほうこそさっきはごめん。 え…っと…」
 その時、俺は彼女の名前を聞いてないことに気がついた。
「あ、私は魔法科の2年生で、神坂春姫。 春のお姫さまと書いて春姫です」
 春姫。 彼女があの神坂春姫か。 その名前は普通科の俺の耳にも届いている。
 成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗、品行方正、そして今実際に体感したようにプロポーションも最高クラス。
 まさかそんなプリンセスとこんなふうに出会うことになるとは……。
「俺は普通科2年、小日向雄真。 えーっと、英雄の雄に、真実の真、かな」
 なんかあらためて自己紹介するのは恥ずかしいな…。
「足、大丈夫?」
 俺は話題を変えるように、春姫に尋ねた。
「うん、たいした事はないみたい。 ゆっくりなら歩けると思うから」
 春姫は大丈夫であることを示すように、軽く足を振ってみせる。
 その様子を見て、俺は胸を撫で下ろした。 よかったぁ…。
「あの…」
「なに?」
「実はですね……」
「う、うん」
 彼女が意味ありげな視線を俺に向ける。 な、なんだろう。
「私、はじめてだったんですよ?」
 
「『お姫さまだっこ』されるのって」
 
 …………え?
 俺の顔があまりにもぽかーんとしていたのだろう、春姫はくすくすと笑い出した。
「ふふふ、冗談です。 でも、はじめてだって言うのは本当ですよ」
 そりゃ俺だってはじめてだよ。 女の子を抱きかかえるなんて。
 妹のすももだって、おんぶしたことはあっても抱っこしたことはなかったし。
 …って俺、もしかしてからかわれてる?
「ところで、小日向くんはお急ぎじゃなかったんですか。 あんなに走ってたんだから、急用なのかなって思ったんですけど…」
 春姫の一言に、俺は「あ」と声を漏らした。
 そういや、すももと待ち合わせしてたんだった。
 春姫を抱いて学園中を杏璃の追跡から逃げ回っていたんだから、とっくに待ち合わせ時間は過ぎているに違いない。
「用事があるなら行ってください。 私は大丈夫ですから」
「そ、そっか、悪いな。 じゃあ、俺行くから」
 しゅたっ、と片手をあげて挨拶すると、
「あ、待って小日向くん」
 と春姫は俺を呼び止めた。
「ん?」
「手、ケガしてるよ?」
 俺は自分の手のひらを見てみると、右手の平にかすり傷があることに気がついた。 さっき転んだ時についた傷だ。
(多分、必要になりますから……)
 さっきの女生徒の声が脳裏に浮かび、俺はポケットに手を突っ込むと、絆創膏を1枚取り出した。
 こういうことだったのか…?
「貸してください。 私が貼ってあげます」
 春姫が手を差し出してくる。
「いいって。 自分でできるからさ」
「いいから貸してください。 私、保険委員ですから、ケガの手当ては得意なんです」
 春姫はにっこりとプリンセススマイル。 腕にはいつ取り出したのか、
「保健室」と書かれた腕章が。
 ……結局、俺は春姫に絆創膏を貼ってもらった。
 春姫は俺の手当てができるのが楽しいようで、その笑顔が俺の目には印象的に映っていた。
 こんな顔もできるんだな……。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない。 んじゃ、今度こそ俺行くね。 神坂さん、またね」
「はい♪ また会いましょう、小日向くん」
 俺は春姫の笑顔を横目に、屋上を後にした……。
 
 さて、待ち合わせ時間に遅れることウン十分。 待ち合わせ場所である校門前に行くと、すももの姿はない。
 ……あれ?
 きょろきょろと辺りを見回していると、校舎のほうからすももがとてとてと歩いてくるのが見えた。
「あ、兄さん。 早いんですね〜?」
 俺は絶対に遅刻した、と思ったんだが。
「それじゃあ、買い物に行きましょう〜」
 いつものすももスマイルを浮かべているすもも。
 ま、いっか。
 しっかり者だし、頭もいいし、人当たりも良好。 ただ、微妙にズレた時間軸を持っているようで、
それだけが悩みのタネではあるが、それ以外はほんとによくできた妹なのだ。 この小日向すももは。
「あれ? 兄さん、その絆創膏はどうしたんですか?」
 俺の右手の絆創膏に気づいたすももは、興味深々に尋ねてきた。
「あ〜、これか? これはな……」
 俺はゆっくりと話し始めた。
 今日の放課後の出来事を。
 それは後に、俺にとって、とても大切な存在になる女の子との出会いの話でもあるのだった……。
 
 
おわり♪
 

 
注:この物語は『朝霧玲一』様の想像力でお送りしました!