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タイトル : 『ハッピーランチタイム!』
作 者 : 【アマ枠】かげろう様
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お昼休み。
終業のチャイムが鳴り響きくと、教室の空気は一気に緩む。
杏璃は一息吐いてから、授業で使った教科書やノートを机の中に仕舞おうとした。
と――突如ガタリ、と乱暴に席を立つモノが三人。 雄真、ハチ、準のお馴染み三馬鹿トリオだった。
彼らが勢いよく教室を飛び出して行こうとするので、杏璃はつい呼び止めてしまった。
「ちょ、ちょっと! ……そんな急いでどこ行くのよ」
「ん、なんだ杏璃知らないのか。 購買だよ購買。 急がないと無くなっちまうぜ」
あら、とちょっと眼を開いて意外そうな顔をした杏璃が、続けて質問する。
「こっちの校舎はそうなの?」
「魔法科には無かったのか?」
「うーん……確かみんな、お弁当持ってきてたのよ……私もそうだし」
その言葉を聞いた雄真が、口端を軽く歪めて言葉を発した。
「ふっ……甘いな杏璃。 昼休みと云えば購買!」
「そ、そうなの?」
「飢えた獣と化した生徒たち! 単身飛び込むガチンコバトル! そして勝利を勝ち抜くやきそばパン!
あぁ、これが漢の浪漫というものなんだよ! 杏璃!」
「それが君の持論なのよね、雄真」
雄真の横にいる、傍目には可愛らしい女生徒にしか見えない準が横から補足する。 そこで杏璃は、ふと思ったことを口に出した。
「ふーん……でも浪漫っていったら、雄真にはかわいいイモウトさんが居るじゃない?」
その瞬間――なぜか準と雄真が動かなくなった。
「すももちゃんに作ってもらったら? そのほうが愛情たっぷりでおいしいわよ?」
……沈黙。 やがて準が悲しそうに目を伏せながら、ぽつりとつぶやいた。
「……雄真はそれを避けるために、ロマンとか言って購買へパン買いに行ってるんだよね」
「へっ?」
「準!」
間の抜けた杏璃の声と制止する雄真の声が重なったかと思うと直後、
雄真の頭頂部には痛快な音とともに真上から衝撃が走っていた。
準の言葉の意味を推測した杏璃が咄嗟に近くにあった「パエリア」を叩き下ろしたのだ!
「っ……てぇ! 何すんだ杏璃!」
「ていうか何それ! 避けてんじゃないわよ! 食べてあげなさいよカワイソウでしょ!」
だいたい一生懸命作ってくてれるものをそんなことするなんて最低! 上手になるまで我慢しなさいよ死ぬわけじゃ――」
「杏璃ちゃん」
そこまで言うと、静かに割って入ってきた準に遮られた。
杏璃の勢いが止まる。 雄真も足下に視線を落としながら、誰にともなく呟く。
「……俺も別に、ちょっと焦げてたり生焼けだったり、砂糖と塩が入れ替わっていたりするくらいなら我慢するさ……」
それきり雄真は黙り込んでしまい、何かをあきらめた表情で足下を見ている。
「杏璃ちゃん、ボクね」
後ろから、雄真の言葉を準が引き継ぐ。
「――初めて食べた。 噛むたびに口の中から泡がぷくぷくしてくる、里芋の煮っ転がし……」
……杏璃は、やるせない表情で雄真に向かう。
「……そ、そう……ごめんなさいね……」
雄真はずっと下を向いたままだ。
「いや、いいんだ……ありがとうな杏璃。 すもものために怒ってくれて」
「ううん……購買、がんばってね。 私にできることがあれば協力してあげるから」
ありがとう杏璃。 なんだか三人は妙な絆で結ばれたような気がして、教室の真ん中でがっちり握手する。
そのとき教室のドアががらりと開き、ハチが入ってきた。
「ん、雄真に準も。 まだこんなところに居たんだ」
「ハチ!」
「しまった購買! ちくしょうまだ残っているか!?」
雄真も準も、とっさに当初の目的を思い出す。
ハチはその手に残っていた最後の一切れを口に放り込んでもぐもぐとしながら、
「んー、なんだ君ら買ってなかったのか。 もう購買閉まっちゃったぜ?」
ごっくん。 彼がパンを飲み込む音が、妙に大きく響いた気がした。
「……あー、と」
自分のせいで、思いもよらない長話になってしまったことを謝っておこうかと杏璃が声を出した瞬間――
がらり、とまた扉が開き、小柄で可愛らしい女の子が入ってくる。
「お、お兄ちゃん!」
ぴきり。 雄真と準の顔からそんな擬音が聞こえた気がした。
彼女はちょこちょこと雄真のほうに近づき、少しだけほほを染めながら、兄を見上げた。
「あ……あの、お弁当、あるから……いっしょうけんめいつくってきたんだけど、どうかな……?」
期待と不安が込められたその瞳に、雄真が勝てるわけがない。
「あ、準さんとハチさんもよろしければ、どうぞ」
「ごめんすももちゃん。 俺さっきパン買って食べちゃったんだ。 準と雄真はまだみたいだけど。
んでもってこれから用があるから行かないと。 じゃまた今度ね!」
「は……ハチぃぃぃぃいっっ!」
即座に裏切り退場したハチを、雄真の叫びが追いかける。
足音すら聞こえなくなった頃、雄真は杏璃に目線を移し、呟くように呼びかける。 どんよりした眼だ。
「――杏璃――」
「な、何よ……」
「できることは協力してくれる、だったな……?」
そして雄真はすももに向き直り、親指で杏璃を指しながら一つの提案をする。
「すもも、今日は杏璃も食いっぱぐれたみたいなんだ。 だから弁当分けてやってもいいか?」
きょとんとした後、うれしそうに顔をほころばせるすもも。 対照的に血の気がどんどん引いていく杏璃。
「う、うん! どうぞ食べてください!」
「いや、あのねすももちゃん私はちゃんと自分のっって、何してるのよ離しなさい準! この!」
「はーい杏璃ちゃんお口あけてー」
「ちょ、何してるのよ雄真! ヤ、ちょ、やめ……」
すももの今日の自信作。 そして恒例でもある里芋の煮っ転がしを一つつまみ、
準が羽交い締めにしている杏璃の口元に近づける。
口元を手で隠してちょっとどきどきしながら、その行為を見守るすもも。
「……ほらすももが見てるだろ。 純真な少女の期待を無下にするつもりか?」
「や、でも、だってほらっんぐっい!」
囁く雄真に抗議しようと口を開けた瞬間、ぬるぬるした固まりが咥内につっこまれた!
口の中でぬめぬめ滑る角切りにされた物体……と、鼻腔に広がるマ○レモン臭。
「っああぁああっ! ってなんでこれ、咀嚼するたび泡が! 泡が!」
「ははははは! おいしい? おいしいよなぁ!!」
そして自らは卵焼き(大きさと形で判断)を口に放り込み一気に喉まで流し込む!
「うまい! うまいよすもも! ほら遠慮せず杏璃も食えよほらぁ! ほらぁ!!」
「ああああっぁぁぁっああああっっ!」
そんな光景が昼休み終了まで続けられた。
さらに翌日、準と雄真が登校すると、そこに杏璃の姿は無かった……
数日後――
昼休み、教室にて。
雄真は準、杏璃を自分の席に呼び集め宣言した。
「……準。 杏璃。 俺、今日は購買に行かない」
「!」
その告白を――いや決意を聞いた瞬間、二人は脳天に電撃を受けたような衝撃を覚えた。
雄真はまっすぐと杏璃を見据える。 そして準を見据える。
順番に二人と目線を会わせてから頷くように瞳を閉じ、はっきりと言葉を表した。
「すももが、弁当を作ってきてくれるんだ。 今日」
「!!」
思わずのけぞる杏璃と準。 微動だにしない雄真。 この漢の決意は本物だ。 二人は直感的にそう感じた。
「……大丈夫なの?」
恐る恐る声を掛ける杏璃に、雄真は眼を開いて皮肉げな眼差しを向けると、ため息を吐いた。
「おまえのせいでもあるんだぜ? 杏璃」
「ど……どういうことよ……?」
「あの狂態が、かなりこたえたらしい……あれから毎日、先輩に料理を教わっているみたいなんだ……」
「あれ? じゃあ、すももちゃん毎日お料理の練習してるんだ。それなら今日のお弁当はむしろ楽しみね! 雄真!」
だが杏璃は、一つのひっかかりを覚えた。
「――ちょっとまって、雄真。 その先輩って……小雪先輩?」
奇妙な沈黙が辺りを包み込む。
「すももの部屋に、巨大で鍋っぽいような釜っぽいようなツボっぽいようなものが運び込まれているのを見ました」
「!」
衝撃。 突然訪れた衝撃が二人を突き抜けた。
「あと大量の乾物が運び込まれるのも見ました。 乾物ってだけで詳しくは知りません知りたくもない」
腫れ物に触るように杏璃が質問を投げる。
「……何を?」
雄真は、両手を組んだ上に額を乗せたままだ。
「とっぷしーくれっとだよ、おにいちゃんとか逝って教えてくれません。 でもちょっとだけのぞいてみました」
ごくり。 誰かが唾を飲み込む音。 黙って続きを促す杏璃。
「……なんか……釜っぽいものでぐつぐつと……乾物が次々に放り込まれて……」
がらり。
三人が、一斉にドアに注目する。
大きな音を立てて開いたドアの向こうからは。
かわいらしいピンク色の包みを抱えた少女が一人、やってきた。
ちょこちょこと兄の席にやってくるその少女の姿は、杏璃には数日前と重なってみえた。
ただ違う部分も確かにある。
――包みが! 包みが大きくなってるーーっっ!
「あ、あの……これ、つくってきたの! それから――柊先輩、先日は、すみませんでした!」
包みを兄の机に置いた後、すももは杏璃に一礼した後、まっすぐに杏璃を見つめる。
「それで! 今日は先輩の分も作ってきたんです! もしよかったら――先輩にも食べてほしいんです!」
自分をまっすぐ見つめる、黒くてきらきらした二つの瞳。
しまった。 昼休みに食事を採る暇もなく席に集められたのは、このための――っ!
雄真をにらみつける杏璃。 あざけるように口端を歪める雄真。 おいてきぼりの準。
「雄真! はかったわね! 雄真!」
「ははは! 君はよい友達だったが――君のその態度がいけなかったのだよ!」
両者の目線が火花を散らしているとき、
「あ、あの……」
目に涙をためている、すもももいた。
「あ……はい、いただきますとも! なぁ杏璃! 準!」
あわてて頷く二人とともに、雄真は机の上のピンク色の包みを開く。
ごくり。 誰かが緊張で生唾を飲み込む音。
そして蓋を開けて、そこにあった黄色のふっくらした物体を一つつまみ、口に入れる――
「!」
「ん」
「お」
三者三様の声を上げて、でもその後のリアクションはみんな同じ。 驚いた顔ですもものほうを一斉に見る。
「うまい!」
「おいしいよすももちゃん!」
「うん、これは美味しいわね!」
その言葉を聞いたとたん、すももの顔いっぱいに笑みが広がった。
「あ……ありがとう、おにいちゃん、渡良瀬先輩、柊先輩!」
「いや驚いたよ……すごいな、すもも」
雄真は心からの賛辞を、がんばった妹に贈った。
「すももは、がんばりましたもの」
「小雪先輩!」
いつの間にか現れたシックな黒髪の女生徒の名前を、うれしそうにすももが呼ぶ。
「お弁当がおいしくなる魔法は、然るべき手順と愛情、そして思いやりです」
小雪はすももの眼を見て、かすかに微笑んだ。
「がんばれば、しあわせになれるのですよ」
その先輩の言葉に、ますます嬉しそうに目を輝かせるすもも。
並々ならぬ苦労が報われた瞬間。 すこしだけ涙がにじんでいた。
「そっか……がんばったな、おいしかったよすもも。 ありがとう」
「うん! ありがとう!」
そんな一連のかわいらしい出来事に感動した準が、横からすももに飛びついてくる。
「すももちゃん、ボク! 感激したよ!」
そう言って自分のほほをすももの顔にすり寄せる準。 抱きつかれたすももはますます真っ赤になる。
「や、ちょっとはずかしいですよ渡良瀬先輩!」
「おにいちゃんのためにがんばる姿! ああん、なんてかわいいのーっ!」
傍目には女の子同士のじゃれ合いにしか見えないその光景を、雄真たちはちょっとほほえましく見守っていた。
「て、せんぱっ、や、ちょっ、どこさわってるん……ぁ」
そこで突然。 変わったすももの声質にはっとした雄真と杏璃は、
『何をしてるかーーーっ!』
右と左から、絶妙のコンビネーションですももの後ろに居るものに向かってブローを打ち出し、魔手を退治したのだった。
瑞穂坂学園は今日もひとつ幸せでした。 というお話。
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