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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 共通ルート 5-1

第五話『帰ってきた少女』 (1)




    そして――

    暑い中、さすかに休み前よりは短めの授業をなんとかこなし、補習1日目はなんとか終了。


渚沙  「はあ、長い1日だったわ……」


涼太  「これからも、補習はたっぷり残ってるぞ。夏休みは補習に満ちている」


渚沙  「本当のことを言わないで!」


涼太  「凄いダメ出しだな……」


    まあ、渚沙は辛い現実に備えるよりは、瀬戸際まで忘れて土壇場で泡を食うタイプか。


祭   「あー、帰ろ帰ろ。今日はバイトもないしー、愛しの山奥に帰ろう。熊とイノシシが待ってるぅー」


涼太  「祭、目が死んでるぞ」


    あと、熊が待ってたら目だけじゃなくておまえが死ぬぞ。


渚沙  「あたしは今日は買い物行ってこよう……今は夏休みだと自分に言い聞かせたいの……」


涼太  「……行ってこい」


    渚沙も若干目を腐らせながらふらふらと教室を出て行く。

    せっかくの夏休みが補習で潰れるのはたまらんよな。

    ただ、今日は一応課題が出たんだけど、渚沙と祭は全力で目を逸らしてる気がする……。

    課題をやっていかないと、補習のあとにさらに居残りをくらうハメになるってわかってるのかなあ。







涼太  「ふわぁ……」


    と、ついあくびが。

    渚沙や祭じゃないけど、やっぱり夏休みだっていうのに補習に行かされるのはしんどい。

    その上、この課題量。決して終わらない量でもないけれど、かと言って一瞬で終わるってほどでもない。

    塾に行くのも不便な土地だから、少しでも進学に有利になるように――

    ってことで、この補習システムが始まったらしいけど。


涼太  「ありがたいような、ただただ面倒くさいだけのような……」


涼太  「まあ、勉強が大切なことくらい、わかっちゃいるけどさ……」


    ん……?


涼太  「なんか、聞こえたような?」


    いやまあ、物音くらいするだろうけど、ずいぶん近くで音がしたような……。

    この蒼森家は、町でも有名な一家だ。

    家は立派だし、お金もありそうに見えるだろうけど……実は、たいして防犯に気を遣ってない。

    歩さんのお祖父さんお祖母さんなんて、鍵をかけずに出かけることもあるくらいだ。

    問題はないと思うけど……念のために確認はしておくか。







涼太  「んーと、どこかな」


    たぶん、このあたりの[塀/へい]から聞こえたと思うけど。

    まさか、近所の悪ガキが塀を乗り越えようとしたとかじゃないよな……。

    ここには、恐ろしい魔女のようなお姉さんが住んでるっていうのに。

    もしそんなことを企んでいたら、悪ガキたちにトラウマを植えつけないために、きっちり警告しておかないと。


涼太  「ん!?」


    今、塀のカドでなんか動いた!?

    ていうか、俺に気づいて隠れた!?


涼太  「おいおい、ホントに不審者か!?」


    くそっ、腕力が必要なトラブルは俺の担当じゃないのに!

    でも、蒼森家にはお世話になってる身だし、やるべきことはきっちりこなさないと。


涼太  「おい、そこの人――!」


星里奈 「はっ!」


りんか 「きゃうっ!」


涼太  「…………っ!?」


    塀のカドからなにかが飛び出してきたかと思ったら――


涼太  「なっ、なにしてるんだ……?」




星里奈 「見てのとおり、話し合いだ」


涼太  「どこがだよ!?」


    仁王立ちになった女の子が、尻餅をついてる女の子に竹刀の先を突きつけてる。


りんか 「問答無用で取り押さえられたんだけど!」


    というか、尻餅をついているのは神宮りんかだった。

    なにしてるんだ、こいつは。


星里奈 「私の常識では、肉体のぶつかり合いも話し合いの一つなんだ」


りんか 「いやいや、常識が行方不明だよ!」


涼太  「まあな……」


涼太  「いや、いいから聞いてくれ、星里奈」


涼太  「確かにそいつは恐ろしく怪しいけど、解放してやっても大丈夫だ。たぶん」


星里奈 「不審者の可能性が残されている限り、剣を引くわけにはいかないな」


星里奈 「むしろ、不審者としか思えなくなってきた」


りんか 「十河君、余計なことを! 竹刀から、竹刀の先から殺気が漂ってくる!」


涼太  「心配するな、そいつの常識もいきなり人を殺めるほどぶっ飛んではいない。…………たぶん」


りんか 「たぶんはやめてーっ!」


星里奈 「どうする、涼太? 喉の一突きで気絶くらいはさせられるが……」


りんか 「わたしの喉、とても大事! 傷つけるの、よくない!」


涼太  「恐怖のあまりカタコトになってるから、やめてやれ」


涼太  「まあ、諸々冗談だから。大丈夫だよ、神宮」




星里奈 「言っておくが、喉も冗談だ。素人に竹刀を向けるようでは、剣を学ぶ資格はないな」


りんか 「わたしの目、おかしくなったのかな。竹刀を思い切り向けられてるような……」


星里奈 「そうだ、君の目がおかしい。それでいいな?」


りんか 「ものっすごい脅されてる!」


    いやあ、俺や渚沙を散々振り回した神宮が、すっかりツッコミに回ってるなあ。


星里奈 「まあ、涼太がやめろと言うならそうしよう」


    と、ようやく星里奈が竹刀を引いた。

    神宮も慌てて立ち上がり、服についた汚れを払う。


涼太  「星里奈、おまえ帰りが早いじゃないか。もう2日くらいかかるかと思ってたぞ」


星里奈 「まあ、ちょっとな。少し予定を繰り上げて帰ってきたんだ」


涼太  「おまえにしちゃ珍しいな。まさか、ケガとか……?」


星里奈 「そういうのではない。というか、ケガしていたら意地になってきっちり期日までやるタイプだ」


涼太  「……自分で言うな、自分で」


    まあ、まったくもってその通りなんだけど。

    達観しているようで、全然していないというか……変なところで意地になる奴だしなあ。


りんか 「あのー、わたしを放置して話を進められても」


涼太  「ああ、すまんすまん」


涼太  「こいつは……一ノ瀬星里奈だ」


りんか 「一ノ瀬……あっ!?」


    星里奈のフルネームを教えてやると、神宮も気が付く。

    この前、聞いてもいないのに彼女自身が口に出した名前の一つだ。

    一ノ瀬星里奈。

    俺や渚沙と同い年で、俺たち幼なじみ一員でもある。


星里奈 「なんだ、私のことを知ってるのか? 涼太が話したのか。というか、この人は何者だ?」


涼太  「まてまてまて……。そんなに立て続けに言われても答えられないって」


涼太  「そうだな……うーん。ちょっと、状況を整理、というか、それぞれに説明させてくれ」


    俺の言葉に、神宮と星里奈は同じようにこくんと頷いた。


涼太  「……星里奈は、見ればわかるだろうけど、剣道をやってるんだ」




りんか 「あー、少しほっとしたよ。無意味に竹刀を持ち歩いてるわけじゃないんだね」


星里奈 「当たり前だろう。無意味に持ち歩いてたら、ただの危険人物じゃないか」


りんか 「人に突きつけるのは充分に危ないと思うけど……」


星里奈 「安心しろ、決して傷をつけることなく、たっぷり脅しをかける程度の技術は持ってる」


りんか 「心! 心を傷つけるのもダメだよ!」


星里奈 「さっきから思ってたが、この人は騒がしいな」


りんか 「誰が騒がせてるの!?」


涼太  「オーケー、落ち着け。また話が逸れてるから。えーと、どこまで説明したっけ?」


    ……ああ、まだなにも説明してなかったな。


涼太  「それで、そう……星里奈は剣道をやってて」


涼太  「この町には強い道場とかないから、よその道場に出稽古に行ってたんだ。ちょくちょく行ってるんだよな」


星里奈 「一人で竹刀を振るだけでは稽古にならないからな。人と打ち合わないと、強くはなれない」


星里奈 「一度くらい、遠慮なくぶちのめせる不審者を相手に竹刀を振ってみたかったんだが、期待が外れたな」


りんか 「ご期待に添えなくてごめんなさい!」


    神宮がヤケクソ気味に叫んでる。


星里奈 「気にしなくていい。私は優しいタイプだ」


りんか 「不審者を捕まえようとするくらいだから、正義の味方だよねー」


    神宮さん、なんだか疲れておられる。


涼太  「そういう神宮は、なんでここにいたんだ?」


りんか 「あ、ああ、うん。ここ、十河君の家なんだね」


涼太  「正確には居候だけどな。渚沙と、今朝一緒だった歩さんと――」


涼太  「あと、そこの星里奈も一緒に暮らしてる」


りんか 「酒池肉林だね」


涼太  「そういう関係じゃない! 歩さんは家主の娘で、俺たちはただの居候!」


りんか 「そうなんだ。なぎなぎも今朝のお姉さんも、その人もめっちゃ可愛いから、十河君、えらい生活してるなあって」


涼太  「そんなわけないだろ……」


りんか 「わたしは、うろうろしてたら十河君がこの家に入ってくのが見えたんだよ」


りんか 「ちょっと、挨拶でもしようかなーと思ってお家を窺ってたら、なぜかその辺に置かれてたバケツを蹴っちゃったりとか」


    あのときの物音は、その音か。


りんか 「こそこそしてると、危ない人みたいかなーとか考えてたら」


りんか 「いきなり追いかけられて、竹刀を突きつけられて、喉を一突きにされるところだったよ、どう思う?」


星里奈 「ははっ、だいぶ根に持ってるな」


    根に持つ神宮も、笑い飛ばしてる星里奈も、どっちも怖いな。


渚沙  「……ていうか、こんなとこでなにしてるの? 星里奈、なんでいるの?」


涼太  「……おかえり」


    確かに、俺たちはいつまでもこんなとこで立ち話してるんだろうな……。

    (to be continued…)