夏休みだけど、補習は続く――
渚沙 「アハハハハ、今日も補習だ、楽しいなーっと」
涼太 「お、おい、祭。渚沙が壊れたぞ……」
祭 「形あるもの、いつかは壊れる!」
涼太 「壊れちゃダメだろ! なに言ってるんだ!?」
渚沙も渚沙で壊れるのが早すぎると思うけど。
泉実 「去年もそうだったけど、補習と課題漬けじゃ壊れもするよね」
泉実 「ああ、今年の夏こそヨーロッパあたりに行きたかったのに……」
涼太 「ヨ、ヨーロッパ……?」
泉実 「金髪の綺麗なお姉さんを描きたいんだよ!」
泉実 「いや、綺麗じゃなくてもいい、金髪で若ければ!」
涼太 「なんか、おっさんのような発言だな……」
泉実は絵を描くのが趣味で、この学園唯一の美術部員だ。
ただし、モチーフにはとてもこだわりがあるらしい。
祭 「ズミー、前からよくそれ言ってるけど、別に髪の色なんてなんでもいいんじゃ?」
泉実 「嵐野さん、絵描きは繊細なんだよ。というか、これまでの人生で、日本人の顔にも髪にも飽きてるんだよ」
祭 「飽きるの早いなー。これから何十年もこの国で暮らすのに」
祭 「前に言ってたみたいに、とりあえずうちのアネーズでも描いとけば? やっこさんたち、割と見た目だけはいいぞ」
泉実 「見た目だけは……」
涼太 「ああ、なるほど……」
祭も、ビジュアルはめちゃくちゃいいしな。そのお姉さんたち、か。なるほど、なるほど。
祭 「なに、なに!? 言いたいことあるなら言ってみ!」
泉実 「い、いや、なんでも……」
涼太 「うん、なんでもない」
まあ、なんだ。友達だからこそ、言えないこともあるってことで!
涼太 「そんなことより……もしかして泉実、将来はパリあたりに留学でもする気か?」
泉実 「金髪美女がいれば、どこでもいいよ」
涼太 「意外とアバウトなんだな……」
ていうか、この女顔の友人から金髪美女がどうこうとか言われると、違和感がハンパない。
モチーフがどうこう以前に、金髪美女にオモチャにされてしまったりしないか心配になるぞ。
祭 「はー、でも金髪美女がいる世界かー。夢が広がっていいなあ」
祭 「私の世界なんて、熊とイノシシしかいないのに」
泉実 「アネーズさんたちがいるんでしょ?」
祭 「あれは、熊とかイノシシとたいして変わらない」
見た目はいい……んだよな……?
いやまあ、めちゃくちゃ言ってるけど、それは祭なりのお姉さんたちへの愛情表現なのだろう。
祭って本当に興味ない相手とは一切関わらなかったりするところあるし。
涼太 「……そういや、泉実の妹たちは元気か?」
泉実 「あいつらは補習ないからね。朝から遊び回ってるよ」
泉実 「一生遊んで暮らすんだろうね、あいつら……」
どよーん、と泉実のテンションが落ちていく。
祭 「ズミーの妹たちも相変わらずなんだなー」
祭 「隙あらばズミーを女装させようって、兄にぴったり合う女物の服を買い集めてるんだもんね」
泉実 「どうかしてるよ、うちの妹たちは!」
泉実には2つ年下の双子の妹がいる。
祭の言うとおり、妙なことを生き甲斐にしてる変わった子たちだ。
まあ、こんな顔の綺麗な兄を四六時中見てれば、妙な趣味に走っても無理ないのかもしれないが。
涼太 「ちょっと前のアレはびっくりしたしなあ」
祭 「あー、アレね。あれは1学期最大のイベントだったかも」
泉実 「ちょ、ちょっと思い出さないで!」
涼太 「そう言われてもな……あれを忘れろっていうのは無理があるぞ」
そう、あれは忘れもしない衣替えの数日後のこと――
体育の授業の後、着替えていると、いきなり泉実の悲鳴が響いた。
泉実 「って、なにこれ!?」
涼太 「そりゃこっちの台詞だよ!」
涼太 「なんだ、その格好は! 遂に目覚めたのか!? それとも隠してた性癖か!?」
泉実 「どちらでもないよ!」
泉実 「なんかおかしいと思ったら! これ、女子の制服だよね!」
涼太 「そこまでちゃんと着るまで気づかなかったのか!?」
百歩譲って上はいいとしても、スカートをはくまで気づかないって、どうなってるんだ!?
泉実 「わ、わかった……あいつらだ……!」
涼太 「あー……」
その台詞で、すべてを察した。
泉実のところの双子たち……。
あの子たちがこっそり体育の間にこの教室に忍び込んで、泉実の制服をすり替えていったんだろう。
泉実 「あ、あいつら……ここまでやるか!」
涼太 「妹たちも、さすがにきっちり着るとは思ってなかったんじゃないかな……」
ていうか、似合いすぎだ……。
はっきり言って、そこらの女子よりはるかに可愛いのが恐ろしい。
なんか俺、これ以上見てたら変な趣味に目覚めそうだ……。
結局、大騒ぎになって、泉実の女子制服姿は祭たちにも見られちゃったんだよな。
あれは本当にとんでもないイベントだった。
泉実 「とりあえず、今はあいつらも遊び回ってるから安心だよ」
泉実 「このままアウトドア趣味にでも目覚めてくれればいいんだけど」
祭 「ふっ、夢を見るのはよせよズミー。妹たちは、たとえズミーの元を離れても最後は必ず戻ってくるさ……」
泉実 「全然いい話じゃないね……」
涼太 「双子は本当に小さい頃から泉実のこと大好きだし、そういう意味でも相変わらずと言えば相変わらず、なんだけどな」
あ……泉実の目が死んでる。懐かれているって言っても、苦労させられてたらまた別の話か……。
星里奈 「……相変わらずなのは、おまえたちもだけどな」
涼太 「ああ、星里奈」
実は今日は渚沙だけでなく、星里奈も一緒に学園まで登校して来ていた。
星里奈は夏休みに入る前から学園を休んでいたので、職員室で休んでた間の課題プリントを受け取ってきたらしい。
星里奈 「私から見れば、補習も充分楽しんでいるように見える。けっこうなことだ」
涼太 「そうかな……」
少なくとも、補習を喜んでる奴はいないだろうが。
まあ、夏休みでも定期的にみんなで集まっていられるのは、それはそれで悪くもないけど。
星里奈 「まあ、頑張ってくれ、涼太」
涼太 「え?」
星里奈 「このお騒がせ集団を抑えられるのはおまえだけだ」
星里奈 「おまえの犠牲の下に、このクラスの平和はかろうじて保たれている」
涼太 「俺、犠牲になってたのか!?」
うーむ、俺はいつの間にか防波堤になっていたらしい……。
涼太 「…………」
星里奈 「ん? なんだ?」
涼太 「いや、なんでもないけど……」
祭や泉実は確かに俺と話すことが多いけど、そもそも星里奈はクラスで会話していることの方が少ない。
俺や渚沙ともたまに話す程度で、教室では自分の席でひっそりと本を読んでいたりするのが常だ。
別に、他人を拒絶してるってほどでもないんだけど……。俺たちも含めて、なんというか……一歩引いてる感じなんだよな。
幼なじみで、同じ家で暮らしてるっていうのに、いつからこうなっちゃったんだろうなあ……。
(to be continued…)