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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 1-2

第一話『三つの初恋』 (2)


    りんかの滞在期間延長騒動から一夜明けた、蒼森家の朝食風景――

    そこには何事もなかったかのような、いつも通りの光景が……。

    と、言いたいところだが、決定的に違うことが一つだけ。




りんか 「うわー、美味しい!」


    歩さんの許可が出て、りんかは無事、この家で居候させてもらえることになった。

    部屋は、余っている客間を使わせてもらうことになったみたいだ。


りんか 「タダで居候させてもらえる上に、こんな美味しいご飯を食べさせてもらえるなんて感激!」


歩   「そんなに美味しいですか?」


りんか 「うん、すっごく美味しい! どれも美味しい! 歩さんってば料理の天才!?」


歩   「ふふふ、りんかさんって正直な人ですね。 そういう正直な人、私は好きですよ」


りんか 「わたしも、歩さんみたいな人好き!!」


歩   「ふふ、はい、玉子焼きもう一つ召し上がれ」




    歩さんは、りんかの皿に追加の玉子焼きを乗せた。


りんか 「わーい、やった! 大漁大漁!」


涼太  「釣るな釣るな」


    まあ、歩さんもわざと乗ってるだけなんだろうけど。


りんか 「こういう家庭料理食べるの久しぶりな気がするよ。やっぱり落ち着く~」


涼太  「久しぶり? 宿ではどんなもの食べてたんだ?」


りんか 「それが、最初の日に宿のご主人が、山で獲れたっていう猪のお肉を出してくれてね」


りんか 「ジビエ料理っていうの? そういうのを食べさせてくれたの」


陽鞠  「猪も美味しいですよね~」


りんか 「うん、確かに美味しかった。ちょっと匂いは独特だけど、初めてで珍しかったし」


りんか 「だから……“すごい美味しいです! それに、こんなの街の方じゃなかなか食べられませんから~!”って言ったのね」


りんか 「ご主人の気持ちもうれしかったから……多少大げさに」


りんか 「そしたらご主人も、わたしをよろこばせようって気を遣ってくれて、毎日猪を出してくれて……」


陽鞠  「毎日猪……ですか? それはちょっと……」


りんか 「さ、さすがに飽きてきたというか、やっぱりだんだん独特の臭みとかも気になるようになっちゃって……」


りんか 「でも、せっかく好意で出してくれてるのを、もういらないとは言えないし……」




星里奈 「つらいところだな」


りんか 「そうなんだよ~。ご主人にも悪くて」


涼太  「なるほど。そういうことなら、普通の家庭料理が恋しくなるのもわかるな」


りんか 「でしょ? 客間もすごくいい部屋だし、こんなことならもっと早くこっちに来ればよかったなあ」


りんか 「ああ、幸せだなあ。歩さん、ほんと美味しいよー、モグモグモグ」


涼太  「ていうか、おまえいきなり馴染みすぎだろ」


    いきなり“歩さん”呼びしてるし。


りんか 「ふぁい? ぬぁひふぁ?」


涼太  「口いっぱいに玉子焼きを頬張って喋るな。なに言ってるかさっぱりだ」


りんか 「モグモグモグ……ゴックン」


りんか 「もー、好きにたべさせてよ。せっかくの美味しいご飯が冷めちゃうじゃん」


りんか 「ねえ、歩さん~」


歩   「そうですよ、涼太さん」


歩   「せっかく美味しく作ったんですから、しっかり味わって食べて欲しいです」


涼太  「ご、ごめんなさい……」


歩   「はい。素直に謝れるいい子は好きですよ」


    ……なぜ俺が謝るはめに?


歩   「さて、私は野暮用があって一旦家をあけますが、すぐ戻りますから食器などはそのままにしておいてくださいね」


りんか 「いってらっしゃーい!」


歩   「はい。いってきます」


    歩さんは言うが早いか、そそくさと居間を出ていってしまった。


星里奈 「他人が見たら、昨日までここの住人じゃなかった、と言われても信じられないだろうな」




渚沙  「…………ほんと、全然違和感、ないわね。ずっとここで暮らしてたみたい」


涼太  「……渚沙?」


    なんだろう。渚沙の奴、ちょっと元気がない?

    そう言えば、会話にもほとんど参加してなかったな。


りんか 「自分でも、自分の違和感のなさが恐ろしいぐらいだよ。あ、おかわりもらうね!」


陽鞠  「すごい食欲ですね。まるで野生の猪です」


りんか 「ひまちゃん、そんなに褒めてもなにも出ないよ~」


渚沙  「……今の、どうして褒められてるって思えるの?」


    渚沙はうんざりしたようにつぶやいた。

    ……元気がないと思ったけど、気のせい、か? 別に顔色が悪い感じでもないし、普通と言えば普通だ。


渚沙  「? なによ、リョータ。朝っぱらから人の顔ジロジロみたりして」


涼太  「あ、いや……なんでも」


りんか 「あれ? リョー君、ソーセージ食べないの? ならちょうだい」


    りんかが俺の皿に箸を伸ばしてくる。


涼太  「って、勝手に取ろうとするな!」


    皿を持ち上げて、りんかの強奪を阻止した。


りんか 「食べないならいいじゃん!」


涼太  「最後に食べようと思って残してるんだよ!」


りんか 「リョー君って好きなものは最後に食べる派? それだと競争社会は生き抜いて行けないよ」


涼太  「そういうりんかは刹那的っぽいな」


りんか 「なによー、今を生きると言ってほしいな。人生、いつなにが起こるかわからないんだから」


りんか 「こうしてる時間だって、いつ忘れてしまうかもわらかないんだよ……」


涼太  「…………」


涼太  「いや、忘れたのはお前の“にっきけしごむ”のせいなんだろ?」


    なんかいいこと言った風だったから、一瞬シュンとしちゃったじゃねーか。


りんか 「うっ……それは、まあ、たぶんね」


りんか 「で、でも……あたしもどうしてそうなったのかわからないし」


りんか 「力の使い方も、わからないから……」


    りんかが不安そうに言う。その不安はきっと本物なのだろう。


涼太  「……お前みたいなヘンな女、忘れられるわけないだろ」


    だから、俺はわざと悪ぶってそう言ってやる。


りんか 「だ、誰がヘンな女か! 失礼だぞ!」


星里奈 「十分ヘンだと思うが」


陽鞠  「陽鞠も思います」


りんか 「……君らに言われたくないんだけど」


    そうだ、こんなヘンなヤツのこと、絶対忘れるわけがない。

    ……それが能力のせいだったとしても、本当は忘れてはいけなかったんだ。

    なぜか、強くそんなことを思った。


涼太  「…………」




渚沙  「リョータ?」


涼太  「え? 今なんか言ったか?」


渚沙  「あ、ううん。なんでもない」


渚沙  「…………」


りんか 「そういえば、リョー君のドSな学園は、今日も補習あるの?」


涼太  「ん? 今日は休みだぞ」


りんか 「そうなんだ。それじゃ買い物とか付き合ってよ」


涼太  「買い物?」


りんか 「うん。実は昨日、歩さんからお金を貸してもらっちゃいまして……」


涼太  「ああ、生活必需品はちゃんと揃えなさいって渡されてたあれか」


    蒼森の家の人は相手を気に入ると、本当に徹底的に面倒を見てくれる。

    もちろん、りんかならちゃんと返すだろうと信頼してのことなんだろうけど。


りんか 「うん、それそれ。それでね、言われた通り必要なものは今日のうちに買い揃えておきたいの」


涼太  「なるほど」


涼太  「……それじゃ、メシ食ったら出かけるか」


りんか 「よろしくー!」


渚沙  「そ、それならあたしも行く!」


涼太  「え? 渚沙がか……?」


渚沙  「なによその顔? 文句あるの?」


涼太  「文句はないけど……」


    超がつくほどのインドア派の渚沙だ。それが自ら買い物の付き合いを買って出るとは。


涼太  「……りんか、やっぱり今日は買い物やめとくか」


りんか 「ん? なんで?」


涼太  「雨か槍でも降るかもしれないし」


渚沙  「あ、あたしだってたまには外ぐらい出るわよっ!」


渚沙  「ほ、ほら、女の子にしかわからないことだってあるし……」


    渚沙が言い訳のようなことを言う。

    いったい、なにを心配してるんだ、こいつは……?


りんか 「そんじゃ、三人で楽しく行こう!」


渚沙  「そ、そうね、楽しく行きましょ」


星里奈 「楽しくなると思うか?」


陽鞠  「陽鞠、なぜかワクワクしてきました。これはあれです、険しい山道で難所に出会ったときの感覚です!」


涼太  「イヤなこと言わないでくれよ」


    別になにも起きないだろ?

    ただ買い物に行くだけなんだから。

    (to be continued…)