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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 2-1

第二話『初恋の解き方』 (1)




    朝食後。

    みんなで食後のお茶などを飲んでくつろいでいると、渚沙が大きなあくびをしているのが目に入った。


渚沙  「ふわぁぁ……」


涼太  「ずいぶん眠そうだな」


渚沙  「うっ。じろじろ見ないでよ。恥ずかしいじゃない……」


涼太  「今更あくびの一つで恥じらう仲かよ」


渚沙  「お、乙女には色々あるのっ!」


    ……乙女。乙女ねぇ。


涼太  「ラノベで夜更かししたのか?」


渚沙  「え? あはは、まあね~。読み出したら止まらなくなっちゃって」


渚沙  「今度リョータにも貸したげる」


涼太  「遠慮する。渚沙もほどほどにしないと、いつか現実に戻ってこられなくなるぞ」


渚沙  「……なんでよ、面白いのに」


    渚沙は不満そうに膨れた。だが、すぐにまた眠そうにあくびを繰り返す。

    いったい何時まで本読んでたんだか。


歩   「すみません、誰かお買い物をお願いできませんか?」


    歩さんが、そう言いながら居間に入って来た。



りんか 「はいはい! わたし行きますー!」


涼太  「やる気満々だな」


りんか 「居候なんだから、少しでもお役に立たないとね」


涼太  「ほほう、感心な居候だな」


りんか 「でしょでしょ?」


歩   「それでは、せっかくですから、りんかさんにお願いしましょうか」


りんか 「まかせて! で、なにを買ってくればいいの?」


歩   「おトイレの電球の替えがなくなってしまったので、電器屋さんに行ってきてほしいんですが」


りんか 「電器屋さんだね!」


りんか 「……それで、電器屋さんってどこにあるの?」


    りんかは途方に暮れたように俺を見た。


涼太  「知らないのかよ……」


星里奈 「どうやらやる気だけだったようだな」


りんか 「だって、電器屋さんなんてこの町に来てから行ってないもん。でも場所を教えてもらえれば大丈夫だよ」


歩   「では、涼太さん。一緒に行ってあげてください」


涼太  「え、俺も一緒に?」


歩   「初めての場所ですから、案内してあげてください」


りんか 「あはは、よろしくー」


涼太  「結局俺か……」


    まあ、りんかのやる気は本物みたいだし、今回は手伝ってやるか。


渚沙  「じゃ、じゃあ、あたしも一緒に行くわ」


    その場の視線が一斉に渚沙に集まった。



陽鞠  「大変です、あー姉! すぐにお薬を! あ、あああ。あと110番ですか!?」


星里奈 「陽鞠、それは警察だ……」


星里奈 「いや……この渚沙は偽物の可能性が高い。なら警察で正しいか?」


渚沙  「ちょっと!? あたしが一緒に行っちゃそんなにおかしいの!?」


星里奈 「おかしいか、おかしくないかで言えば……ふむ、やっぱり病院だな」


陽鞠  「なぎ姉ー! 死んじゃダメですー!?」


渚沙  「死ぬかっ!!」


渚沙  「あ、あたしだって買い物ぐらい行くわよっ。昨日だって行ったでしょ」


涼太  「だからおかしいって言ってるんだが……」


    昨日といい今日といい、あの渚沙が一度ならず二度までも、自ら外に出ようと言うんだから。


渚沙  「失礼ね、人を引きこもりみたいに」




星里奈 「そいつは渚沙の親戚だろう? よろしく言っておいてくれ」


渚沙  「失礼すぎる!?」


星里奈 「はっはっはっはっは」


渚沙  「ぐぬぬ」


りんか 「あはは。せりとなぎは仲いいね~」


涼太  「これ見て和んでいられるりんかもなかなか凄いな」


    まあ実際仲はいいし、じゃれてるだけなんだけど。


歩   「それでは、お遣いよろしくお願いしますね」


渚沙  「ほら。二人とも、さっさと行くわよ!」


りんか 「はーい」


涼太  「はいはい」


    まったく、お遣いのメンバー決めるのになんでこんなにバタバタしなくちゃいけないんだ?







涼太  「なんかデジャヴだ」


りんか 「昨日と同じメンバーだからね」


涼太  「二日続けて同じメンツで出かけることになるとは……」


渚沙  「な、なによ? あたし、お邪魔だった?」


涼太  「誰もそんなこと言ってないだろ?」


渚沙  「そうかしら……?」


りんか 「そーだよ。わたしはなぎが一緒に来てくれて嬉しいよ」


    それにしても、この三人で歩いてるのってなんだか不思議な感じだな。


涼太  「………」


渚沙  「リョータ? どうかしたの?」


涼太  「いや、昔もこんなふうに三人で歩いてたことがあるのかなと思ってさ」


    ふとそんなことを考えてしまった。忘れているだけで、こんなことを俺たちは繰り返していたのだろうか?


りんか 「んー、きっとあったんじゃないかな。わたしたちが友達だったなら……きっとね」


    りんかは、失われた過去の記憶に思いを馳せるように、遠くを見つめた。


渚沙  「あ、あのさ……」


    渚沙が、俺たちを窺うように口を開く。


涼太  「どうした?」


渚沙  「二人とも、あれからなにか、思い出したりした?」


涼太  「なにかって、昔のことか?」


渚沙  「うん。あたしたちと……りんかのこと」


    そう言って、ちらりとりんかの方を見る。


涼太  「いや、まだ特には」


りんか 「わたしも、具体的なことはなんにも」


    俺の記憶にはあれからとくに進展はない。

    なにかを忘れてしまっていることは思い出したけど、なにを忘れてしまったのかは思い出せないままだ。


渚沙  「本当になにも……?」


渚沙  「あたしたちがどんな関係だったかとか、その……お互いをどんな風に思ってたか、とかも?」


りんか 「……どんな風に、思ってたか?」


涼太  「変なこと聞くんだな?」


    渚沙はいったい、なにを気にしているんだろう。


涼太  「もしかして渚沙、なにか思い出したのか?」


りんか 「え、そうなの!?」


渚沙  「へ? あ、あたし? あたしは、なにも……」


りんか 「なんだ、そうなんだ……」


    りんかはガッカリしたように肩を落とす。


りんか 「もしかしてわたしたち、ケンカでもしてたのかな? だからわたしが能力を使って記憶を消しちゃったとか……」


涼太  「ケンカぐらいで記憶を消したりするか?」


    りんかは、まあ、基本短絡的なやつではあるんだろうけど……さすがにそんなことは、しないんじゃないだろうか。


りんか 「じゃあ、どうして記憶を消したりしたんだろうね」


涼太  「さあ……なんでだろうな」


    それがわかれば苦労はしない。

    りんかが俺たちの記憶を消す理由……か。


りんか 「………」


    りんかも考え込んでいるのか黙ってしまい、すっかり静かになってしまった。


渚沙  「……あの、なんかごめん」


    静まり返る中、渚沙の声がボソリと響いた。



渚沙  「あたしが変なこと言ったせいで、妙な空気にしちゃったかな……」


りんか 「なぎが謝ることないよ」


りんか 「わたしの能力が関係してるってことは、わたしが一番の原因なんだと思うし」


りんか 「……悪いとしたら、きっとわたしだよ」


涼太  「誰が悪いとかはどうでもいいだろ」


    俺たちは犯人捜しをしたいわけじゃない。

    ただ、自分たちがなにを忘れてしまったのか知りたいだけだ。


涼太  「まあ、そんなに急に思い出そうとしても、かえって逆効果なんじゃないか?」


涼太  「忘れてるってことは思い出したんだ。これから少しずつ思い出していくんじゃないかな」


りんか 「うん、そうだね。まだ夏休みはたっぷり残ってるんだし、のんびり思い出すの待ってよう」


渚沙  「う、ん……そうだね」


りんか 「……あ! あった、電器屋さん!」


    急に大声を上げて、りんかが前方を指差した。そこに電器屋の看板と、こぢんまりした店構えが見えていた。


りんか 「おー、凄い! 町の電器屋さんって感じ」


涼太  「町の電器屋さんだからな」


りんか 「あ、なにこれ? カセットテープってやつ?」


涼太  「カセットテープを再生するデッキだよ。それ、ずっと前から置いてあるよな」


りんか 「ほうほうほう。ついでに色々見てもいい?」


涼太  「時間はあるから好きにしろ」


りんか 「わーい! じゃあ入ろう!」


りんか 「こんにちはー!」


    りんかが元気よく電器屋に入って行く。


涼太  「子供みたいだな。一緒に入るの恥ずかしいぞ」


渚沙  「………」


涼太  「ん? 渚沙、どうした?」


渚沙  「え? あ、ううん、なんでも」


    最近の渚沙、やっぱりなんかおかしいな。急に記憶の一部が戻って混乱してるんだろうか?

    それとも、やっぱりなにか心配事があるのだろうか……?

    (to be continued…)