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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 13-2

第十三話『お願い、捨てないで』 (2)


渚沙  「いやっ!!」


渚沙  「そんなに行きたいのなら、りんかと二人きりで行ってくればいいじゃないっ!?」







りんか 「トホホ……。お姫さま、機嫌悪かったね」


涼太  「まさかここまで交渉の余地がないとは、俺も思わなかった」


    渚沙に門前払いをくらった俺たちは、二人で居間まで撤退してきた。


りんか 「どうしよっか? なぎがあの調子じゃ、日を改めても難しそうだよね?」


りんか 「デート計画自体、頓挫かなぁ」


涼太  「いや」


涼太  「渚沙が行くなら二人で行け、と言ったんだ。二人でデートするぞ、りんか」


りんか 「え? でもそれじゃあなぎが……」


涼太  「思うに俺は、渚沙を甘やかしすぎてた」


涼太  「そりゃ俺が悪かった点も色々ある。……だが、それにしたって最近のあいつの態度は目に余る!」


りんか 「リョ、リョー君、あの、そのへんにしてあげなよ……」


涼太  「渚沙が俺の言葉を信じられないのは、俺が上辺を取り繕ったりするからだ」


    渚沙は、思い出した記憶が懐かしいだけなわけがない、と言った。

    記憶と一緒にりんかへの恋心も思い出した、と伝えるのが正しかったとは今も思っていない。

    だけど、俺が取り繕った嘘で渚沙を傷付けたのもまた、事実だ。


涼太  「だから、俺はこれから毅然とした態度で渚沙と接する」


    そして、本当に、心の底から渚沙が好きなんだってことを、他でもない渚沙に納得してもらうんだ。


りんか 「リョー君……」


涼太  「だから俺は、今から実践するぞ」


涼太  「……りんか、付き合ってくれるよな?」


りんか 「へ? あ、うん。それはもちろんだけど……」


涼太  「それじゃあ、さっそく出かけるとするか」


りんか 「う、うん……」


    そうして、俺たちはデートをするために一緒に家を出た。

    りんかは何故か最後まで、ちらちらと家の奥の方を気にしていた。







    とりあえず、二人でいつもの通学路まで出てきた。

    しかし、よく考えたらここから完全にノープランだ。

    うーむ……なんか俺、こんなのばっかりじゃないか?


涼太  「ど、どうする? とりあえず、もうちょい歩くか?」


    俺の間の抜けた提案に、りんかは嫌な顔一つせずに頷いてくれる。


りんか 「そうだね~」


    というわけで、とくに目的もなく二人で歩き出す。


りんか 「それにしても、なんだかんだわたしも結構長くここにいるよね」


涼太  「もう1ヶ月くらいになるのか……」


りんか 「一瞬だったような気もするし、逆にずっと昔のことような気もする。不思議……」


    りんかの言いたいことは、なんとなくわかるような気がした。

    昔、幼なじみだったことを抜きにしても、今のりんかをずっと知っていたような気がしてしまうのだ。


涼太  「町のことはずいぶん思い出したのか?」


りんか 「うん、たくさん歩き回ったからね」


りんか 「というか、町のことはたぶん、“にっきけしごむ”では消えてないんだよね……」


涼太  「そう、なのか……?」


りんか 「うん。リョー君たちの話によると、わたしたちの能力が効く範囲って、わたしたちだけじゃない?」


涼太  「そうだな」


    それは、小さいときから何度となく試したことだから、間違いない。


りんか 「ということは、わたしが忘れてるのって“この町にあったリョー君たちの思い出”だけで、町のこと自体は消えてないんだよ」


涼太  「うーん、わかるような、わかんないような話だな」


りんか 「あはは。まあ、わたし自身がそうだからね、仕方ないよ」


りんか 「この町のことは、能力で消えていたんじゃなくて、自分に関係なくなったから、自然に忘れてただけなんだと思う」


りんか 「だからね、景色とかは結構思い出せるんだ。……だけど、ここでなにをしてたかとか、そういうことはあんまり」


涼太  「俺たちに関係することは思い出せないってことか?」


りんか 「……たぶん」


    町のこと自体は本当は忘れてなかったけれど、そこで過ごした俺たちの記憶が消えていた……。

    だから俺たちに関係している町のことも、思い出す機会がなかった。……そういうことなのかもしれない。


りんか 「でも、ちょっとずつ思い出して来たよ。リョー君のことも、みんなのことも」


りんか 「リョー君も、そうでしょ?」


涼太  「……ああ」


    りんかと共に過ごすうち、忘れていることすら忘れていた記憶も、少しずつ取り戻してきた。

    頭が痛むほど強烈なやつばかりじゃない。……知らない間に、昔の記憶が増えていることがある。

    こんな風に、いつか全部のことをいつのまにか思い出しているのかもしれない。


りんか 「……そういえばさ、この道と商店街の境目に、駄菓子屋さんがあったよね?」


涼太  「おお。あるある」


りんか 「昔、よく行ったような気がするんだよね」


涼太  「その駄菓子屋ならまだあるぞ。行ってみるか?」


りんか 「うん!」


    そう言って、俺たちは歩き出す。

    記憶にあった俺たちとは違い、手も繋がず、友達としての距離を保ちながら。







    駄菓子屋に寄ったあとも、あっちをフラフラこっちをフラフラ。

    昔と今の思い出を語りながら歩き回っていたら、こんなところまで来てしまった。


りんか 「……みんなはもう、1年以上ここに通ってるんだよねぇ」


涼太  「どうした? 急にそんな当たり前のことを……」


りんか 「……ここには、わたしはちょっとの思い出しかないから」


りんか 「なんとなく、引っ越しがなくて、ずっとこの町にいたら、どうなってたのかなって思っただけ」


    りんかは遠い目をして校舎を見上げていた。


涼太  「たぶん……良くも悪くも、今と変わらないと思うぞ」


涼太  「俺がいて、渚沙がいて、陽鞠がいて、星里奈がいる。それに、歩さんも祭もホタルも泉実も」


りんか 「うん」


涼太  「それに、これからも変わらないよ」


涼太  「俺たちは運良く再会できたんだ。もう小さな子供じゃない。電車に乗って数時間なんて、すぐの距離だ」


涼太  「今度は俺たちが会いに行くよ。そのときは、りんかの街を案内してくれ」


りんか 「ありがとう。リョー君」


りんか 「んっ……なんか、ごめんね? あはっ。感傷的になってるのって、バレちゃうものなのかな?」


    りんかは薄っすらと涙を浮かべていた。


りんか 「おっかしいなぁ。わたし、結構ポーカーフェイスには自信があるんだよ?」


涼太  「俺もたまたま、似たようなことを考えてただけだよ」


りんか 「そっか……。本当、ごめんね? こんなめんどくさい女になる予定は、なかったんだよ」


りんか 「ただ、ここでの1ヶ月があんまりにも楽しかったから、もうすぐそれも終わっちゃうのかなって思うとさ……」


涼太  「……これからも、変わらないって言ったろ」


涼太  「りんかが家に帰ったって、何度でも会えばいいんだよ。俺たち五人はまだまだこれから、そうだろ?」


りんか 「うん……。うん……」


涼太  「またりんかが泊まりに来てもいいし、俺たちがりんかの街を観光しに行ってもいい」


涼太  「そうだ。五人でどっかに旅行するのとかも面白いかもな」


りんか 「旅行かぁ……。いいね」


涼太  「だろ? まだまだみんなで楽しいことしようぜ」


涼太  「小さい頃みたいに四六時中一緒、っていうのは無理だけど……楽しいことは、みんなで一緒に楽しもう」


りんか 「そっか。わたし、家に帰ることを悲しまなくていいのか」


涼太  「悲しむことなんて、なにもない。……りんかはたぶん、考えすぎなんだよ」




りんか 「そうかなぁ……。そうだといいなぁ」


    そう言って、りんかは一粒涙をこぼした。

    子供の頃のように、その涙をぬぐってあげることは、俺にはできない。

    俺は、渚沙の彼氏だから……。



渚沙  「……あんた、なにりんか泣かしてんのよ」


涼太  「え……!?」


    いきなり聞こえて来た声に驚く。声の先には渚沙が立っていた。

    (to be continued…)