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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 14-2

第十四話『あたしはずるをしたから…』 (2)




渚沙  「これでよし」


    な、なんだこの状況は?

    両手に花とは、このことなのか……?


渚沙  「どうよリョータ? あ、あたしの……は?」


    そう訊きながら、渚沙はグイグイと俺の腕に自分の胸を押しつけてくる。


涼太  「………」


渚沙  「な、なんでそんな悲しそうな顔するのよっ!? やっぱりリョータは巨乳好きなのね!?」


涼太  「いや、そういうわけじゃ……」


りんか 「大丈夫だよ、なぎ。胸は大きさじゃない、形だから」


渚沙  「慰めるんじゃない!!」


涼太  「いや、渚沙だってちゃんとあるぞ……?」


涼太  「俺の胸とは、柔らかさが全然違う!」


渚沙  「あたしの胸はそこまで落ちぶれてるの……?」


涼太  「そ、そんなことないって……!」


    実際、渚沙の胸だって十分柔らかい。ただ、りんかの胸が色々規格外なだけで……。


渚沙  「今、失礼なこと考えてなかった?」


涼太  「ぜ、全然?」


りんか 「それにしても、こんなふうに三人で歩いてるなんて不思議な気分だなあ」


    俺と渚沙がこんなにギスギスしているのに、りんかは楽しそうだ。

    まあ、今日はりんかの思い出作りのために出てきたのだ。


涼太  「りんかが楽しいっていうなら、いいんだけど……」


りんか 「あっ、そう言えばさ。今年はもう終わっちゃったけど、昔は七夕のときって、ここらへんに大きな笹を飾ってなかった?」


涼太  「ああ、それなら未だに毎年やってるぞ。今年もやった」


りんか 「へー! いいね、いいね!」


りんか 「なぎはさ、今年の短冊にはなんて書いたの?」


渚沙  「へ!? あ、あたし!?」


渚沙  「あたしは……その……」


渚沙  「好きな作家の新刊が……早く出ますようにって……」


りんか 「ほほー。なんか、なぎらしいね」


渚沙  「わ、悪かったわね……。可愛くないお願いで」




りんか 「えー? なぎっぽくて良くない?」


    たぶんりんかは本気で褒めているんだろうけど、当の渚沙はなんとも言えない顔をしている。


涼太  「りんかだったら、短冊にはなんて書くんだ?」


りんか 「うーーーん、そうだなぁ……」


りんか 「当たれ! 3億円!! とか?」


渚沙  「あたしより……もっと可愛くない……」


りんか 「あー……でも、それだとロマンが足りないかもね」


渚沙  「ロ、ロマン……?」


りんか 「目指せ! 世界征服!! とかがいいかな」


渚沙  「抱負書いてどうすんのよ。……というか、そんなんじゃやっぱり、りんかの短冊も相当アレね」


りんか 「うっはっはっはっ。褒めるな、褒めるな」


涼太  「いや、褒めてねーし」


    なにバカな会話してんだろうな、俺たちは。

    ……でも、ずっとこんなバカな会話をしていたい。

    りんかも、それを望んでいるようだったし……そんな関係に落ち着ければ、どれだけいいだろうか。


りんか 「あー、なんか思い出してきたかも……」


りんか 「あたしが引っ越した年にも、みんなで七夕やったよね?」


りんか 「みんなで短冊書いて、ここに吊るしに来たの、なんか思い出してきた……」


渚沙  「あっ。なんかそれ、あたしも……」


渚沙  「確か、その年の笹はあそこらへんに置いてあって……」


    渚沙はそう言って、道に先を指さした。


りんか 「そうそう! それで、なんかめちゃくちゃ大きかったよね!」


渚沙  「そうだったわね。子供どころか、大人でも上の方まで手が届かないような、特別大きいやつだったわ」


りんか 「みんな成長期だったし、誰が一番高いところに短冊付けられるか競争したりしてた!」


渚沙  「あー! やってたわね、それ! あたしとりんかが近いところで競ってた記憶あるわ」


りんか 「うんうん。あと、ひまちゃんが脚立持ってきてズルしてたね……」


渚沙  「あー……」


涼太  「脚立……?」


    そのキーワードに、頭の奥がチクッとした。

    あ……なんか、俺もそれ、思い出せそう……。

    しかも、その年の短冊……なにか、りんかに関係していたような……。







    小さいおれは、小さい陽鞠が持ってきた脚立を手に、息を切らせて走っていた。


涼太  「はぁ……はぁ……。よ、よし、誰もいないな」


    そう言って、脚立を使って大人でも手の届かない場所に、隠し持っていた短冊を括りつける。

    そうだ。あれはわざわざみんなと一緒に家に帰ったあと……。

    笹の前に誰もいなくなる頃を見計らって、戻ってきたんだ。

    そんなことをしてまで吊るしたかった短冊の内容は……。

    “りんかとケッコンできますように”

    小さいおれの目を通して再び見ることになった短冊には、そんなことが書いてあった。

    ああ、そうだ……。

    “おれ”は確かに、そんなことを書いていた。

    そして……。

    それを思い出しても、俺の胸は痛まなかった。

    切なくはならなかった。

    だけど、決してなにも思わなかったわけでもない。……胸によぎった感情は、穏やかだった。

    ただ、温かかった。思い出すだけで、小さな幸せと、少しの爽やかさが、胸の内を通り過ぎて行く。

    そうか……俺は、忘れなくてもいいのか。

    昔の気持ちっていうのは、こうやって思い出に昇華されていくもんなんだな……。

    俺の中で、りんかを想った初恋は、確かに思い出に変化していたことを、実感した。







涼太  「……よしっ」


    小さなリョータがそう言って脚立から降りるのを、小さいあたしは物陰から見ていた。

    覗き見なんて、悪いことだってわかってた。

    こんなことをしているのがバレたら、リョータに嫌われちゃうっていうのも、わかってた。

    だけど、リョータがわざわざ誰にも見られないところに吊るした“お願い”が、あたしは気になって仕方がなかった。

    だから……小さいあたしは……。

    わざわざ、別の場所から脚立を持ってきてまで、それを見た。


渚沙  「あっ……ああ…………」


    “りんかとケッコンできますように”

    その短冊には、そう書かれていた。

    ……バカだな、あたし。

    見なければよかったのに。

    そうすれば、もしかしたらって、まだ夢を見ていられたのに。

    だけど、そこに書かれていたのは、紛れもない、リョータの“お願い”だった。

    そして、リョータがそんなお願いをした日から、何年もの時間が流れた。

    その間に、あたしたちは一度りんかを忘れて、でも再び出会った。

    それはまるで、神さまに引き裂かれても再び巡りあう、織姫と彦星の物語みたいだ。

    ……二人が織姫と彦星だと言うのなら、あたしはいったいなんなのだろう?

    ただのお邪魔虫……?

    ラノベで言ったら、クライマックス直前で振られちゃう、幼なじみのサブキャラかしら。

    そう言えば、あたしってリョータの幼なじみじゃない……。

    なんだか、そう考えると、りんかって凄くメインヒロインっぽいし。

    だけど……。

    ヒロインになれなくたって、あたしだって、リョータが好き。

    その気持ちで、りんかに負けてるとは思わない。

    だから、いくらヒロインには勝てない、負け犬のサブキャラだって……。

    簡単には、引き下がれないのよっ……。

    (to be continued…)