special

ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 16-3

第十六話『勇気の魔法』 (3)




涼太  「おーい、渚沙ー!!」


涼太  「渚沙ー! 怒ってないから出て来ーい!」


    本当は、怒ってるけど。


涼太  「超絶面白いと評判の新刊のラノベ買って来てやったぞーーー!」


    もちろんウソだけど。


涼太  「くそー、いない」


りんか 「あ、リョー君!!」


    りんかがこちらに駆けて来る。


涼太  「どうだ? 見つかったか?」


りんか 「ううん、ダメ。どこにもいないよ」


涼太  「あいつ、どこに行ったんだ?」


りんか 「まさか、電車に乗ってどこか行ったわけじゃないよね?」


涼太  「さすがにそこまではしないと思うけど……」


りんか 「ダメ元で駅員さんに聞いてみようか? 怪しい女の子を見ませんでしたかって」


涼太  「そうだな……いや、ちょっと待った」


    ふと、思い付いたことがあった。

    昔、小さいりんかと喧嘩した渚沙がどこに逃げ込んだのか、ということだ。


涼太  「渚沙は基本引きこもりなんだ」


りんか 「なに急に?」


涼太  「灯台下暗しってやつだ!」


    俺は元来た道を全力で引き返す。

    渚沙はきっとあそこだ!







涼太  「ただいま!!」


りんか 「た、ただいま~!」


    ドタドタドタ!


歩   「まあ、涼太さん? 慌ててどうしたんです?」


涼太  「歩さん、渚沙は?」


歩   「渚沙さんですか? しばらく見てないですけど、たぶん部屋じゃないですか?」


涼太  「やっぱり!」


りんか 「家から出てなかったってこと?」


涼太  「引きこもってるんだよ!」


    俺は渚沙の部屋へと走る。







    ドンドンドン!

    乱暴に部屋のドアが叩かれた。


渚沙  「ひえっ!?」


    びっくりして思わず声を漏らしてしまった。


涼太  「やっぱりここか。渚沙、いるんだろ?」


渚沙  「………」


    ガタガタッ……。

    ドアは鍵がかかっているので、扉は開かない。

    あたしはほっと溜息をついた。


涼太  「いるのはわかってるんだぞ? 無駄な抵抗はやめて出てこーい!」


渚沙  「あ、あたしはいませんー」


りんか 「ん? なんか今ふざけた声が聞こえた気が……」


渚沙  「はわわっ!」


星里奈 「どうした? なにかあったのか?」


陽鞠  「なぎ姉がなにかしでかしたんですか?」


涼太  「部屋に立てこもった」


歩   「立てこもりですか? でも、どうして……」


渚沙  「なんかみんな集まってきて大ごとになってる? ど、どうしよう……」


涼太  「渚沙め、この期に及んで居留守を使うとは」


星里奈 「一体なにがどうしたのだ?」


りんか 「あー、説明しづらいんだけどね……」


陽鞠  「ドア、開けましょうか?」


渚沙  「……は?」


涼太  「開けるって、できるのか?」


陽鞠  「簡単ですよ」


渚沙  「はぁ!?」


    ガチャガチャ……カチャッ!


陽鞠  「開きました」


涼太  「早っ!」


りんか 「……ひまちゃん、なんでそんなことできるの?」


星里奈 「それより、早く踏み込んだ方がいいのではないか?」


涼太  「そうだな!」


渚沙  「わわわっ!? どど、どうしよう……」


渚沙  「クローゼット!!」







涼太  「渚沙!!」


りんか 「あれ? いない?」


陽鞠  「クローゼットじゃないですか?」


涼太  「だな! 渚沙!」


    ガッ……!


涼太  「く、開かない」


陽鞠  「中からつっかえ棒で押えてるんですね」


星里奈 「よし、みんなで力を合わせてぶち破るか」


渚沙  「わーーーーー! や、やめて!」


    渚沙の声が中から聞こえてきた。やっぱりこの中か。


涼太  「やめてほしかったら素直に出てこい」


渚沙  「……い、いや」


涼太  「いやって……」


星里奈 「やはりぶち破るか」


渚沙  「待って待って待って!!」


渚沙  「……も、もう少し……時間をください!」


涼太  「……時間って、どのぐらいだよ?」


渚沙  「あ、あたしの心の準備が……できるまで?」


涼太  「疑問形で言われてもな」


涼太  「渚沙、この世にはおまえの都合とは別に、他人の都合というものが存在する。……わかるな?」


    俺は1周回ってとても穏やかな心持ちでそう言った。


渚沙  「そ、そうだけど……。でも、もうちょっとだけ待ってくだい!」




涼太  「やっぱりぶち破るか」


    やはりこの女に慈悲はいらないな。


渚沙  「ひいいいいいいい!?」


りんか 「ちょっと待って、リョー君。もうちょっとだけ待ってあげようよ」


    りんかが、押入れを蹴破ろうとしていた俺を止めた。


涼太  「でも、この調子じゃいつ出てくるかわからないぞ?」


りんか 「いいよ、わたしは大丈夫だから。あと少しぐらい、なんてことないよ」


涼太  「下手したら、りんかが帰るまで出て来ないかも」


    冗談半分で口にしたが、あり得そうで怖い。


りんか 「そのときはそのときだね。もしそうなったら、わたしが蹴破るから」


涼太  「まあ、りんかがそう言うなら俺はいいけど……」


りんか 「ありがとう。……ねえ、なぎ」


    りんかが、押入れに向かって優しく語りかける。


渚沙  「……う、うん」


りんか 「心の準備ができたら出て来てね。わたしたちは外で待ってるから」


渚沙  「……あ、ありがと、りんか……」


りんか 「でも、あんまり遅いとリョー君にあんなことやこんなことしちゃうかもしれないよ」


涼太  「え゛っ?」


渚沙  「あ、あんなことやこんなことってなによ!?」




りんか 「なぎが想像してるようなことだよ」


渚沙  「だ、ダメーーーーーーーーーーーー!!」


陽鞠  「いったいなぎ姉は、どんな想像をしたんでしょう?」


星里奈 「ラノベの中にも、筆舌に尽くしがたい破廉恥な内容のものが存在するようだからな」


りんか 「それが嫌だったら早く出て来てね」


渚沙  「わ、わかったわよ……」


    渚沙の声は真剣だった。これならきっと出てくるだろう。


りんか 「じゃあリョー君、外で待ってようか」


涼太  「……ああ」


    後ろ髪引かれる思いだったが、俺は渚沙の部屋を一旦出ることにした。

    (to be continued…)