いつもどおりの、美味しい朝食も終わって。
歩 「それじゃ、行きますか。お二人とも、忘れ物はありませんか?」
涼太 「大丈夫っすよ。まあ、補習自体を忘れてる奴は若干一名いるけど」
渚沙 「うーん、ケータイにも出ないわね……というか、電波が届かないようなところにいそうだわ」
渚沙がスマホをしまいながら、ため息をつく。
歩 「戻ってきたら、お説教ですね」
ああ、歩さんの笑顔が怖い。
歩 「そういえば、あの子のほうのお帰りは明後日でしたっけ?」
渚沙 「確か、そうだったわ。今回は、ちょっと時間かかるかもとか言ってたわよね」
渚沙 「まったく、あいつらはー。補習サボれるなんて羨ましい!」
涼太 「ストレートなおっしゃりようだな。俺たちが迂闊にサボると、食事のメニューにわかりやすい変化が生まれるぞ」
渚沙 「そう……よね……」
渚沙 「くうっ、鬼軍曹め……」
歩さんはおしとやかだけど、地味に怖いやり方でお仕置きしてくるからなー。
歩 「へえ、鬼軍曹なんて人がいるんですか。その方はきっと、渚沙さんがサボったりしたら愛の鞭を与えてくれるんでしょうね」
渚沙 「あ、愛の鞭はいらないわ……ええ、気にしないで……」
というか、本人の前で“鬼軍曹”とか言うなよ……。
渚沙 「頑張って補習に通います……」
歩 「いい心がけですね」
歩 「では、今度こそ行きましょう。大丈夫です、補習もみんなで行けば怖くありません」
涼太 「うーす」
渚沙 「はー、夏休みなのに、夏休みなのに、夏休みなのにぃぃ……」
渚沙はあきらめが悪いなあ。
そう、夏休み2日目にして補習が始まる。
うちの学園は、長期休みの補習が大変に充実してる――
成績不振者も、そして優秀者も普通者も問わず、夏休みには夏休み専用のカリキュラムが組まれている充実ぶりなのである!
あまり充実してほしくなかったけどな……。
今日も、朝からずいぶん暑い。
もうちょっと風があれば助かるんだけどなあ。
歩 「そういえば、涼太さん。今日は、生徒会のお仕事は?」
涼太 「あー、どうしようかな……補習で課題が出るかどうか次第か」
歩 「なるほど。まあ、急ぐ仕事もありませんしね」
歩 「でも、次世代に負担をかけないために少しでも仕事を済ませておきましょう」
涼太 「俺にはずいぶん負担が残されてた気がするけど……」
歩 「可愛い子には旅をさせろというでしょう」
ちょっぴり文句も言ってみるものの、歩さんはどこを吹く風涼しい顔だ。
歩さんは、先代の生徒会長――俺の前任者だ。
うちの学園では生徒会長は、現会長からの指名制になってる。
つまり、歩さんが俺を生徒会長に仕立て上げたというわけだ。
涼太 「うちの生徒会長なんて、雑用係以外の何者でもないよな。生徒数少ないから、イベントなんかも全然ないし」
歩 「でも、誰かがやらなくてはいけないのです。だから、やってくれる人に任せるんですよ」
歩 「そうして、[連綿/れんめん]と歴史が紡がれてきたわけです」
涼太 「だったら、渚沙でもよかったんじゃないすか……」
渚沙 「ハッ、あたしが生徒会長? 冗談じゃないわ、生徒会長と対立する立場でいたいわね」
涼太 「いや別に、俺と対立はしてないだろ」
同じ家に住んでるし、こうしてほとんど毎回一緒に登校してるし。
生徒会が対立し甲斐があるくらい権力を持っているのは、ラノベか漫画の中でくらいなもんだ。
そもそも、俺が生徒会長だってこともあまり学園内で認識されてないような……。
歩 「私の見る目に狂いはありませんよ。今の2年生なら、適任者は涼太さんしかいませんから」
涼太 「そんな気はするなあ……」
俺が会長に向いてるというより、向いてない奴ばかりというか。
まあ、俺が生徒会長を引き継ぐことで長年世話になっている歩さんが安心するなら、やらない理由がないくらいだけど。
歩 「ところで、狂いのない私の目によると、あの子は涼太さんたちのお知り合いに見えるのですが」
涼太 「うん?」
渚沙 「ああああっ!」
りんか 「あー、十河君に、なぎなぎ」
渚沙 「なぎなぎ!?」
りんか 「おはよー、二人とも」
りんか 「あれ、なんで制服着てるの? 夏休みじゃないの?」
涼太 「あ、ああ。おはよう……」
渚沙 「なぎなぎ……なぎなぎって……おはよう……」
涼太 「…………今日は補習があるんだよ。うちの学園、夏休みの補習が名物で」
りんか 「ほえー、ドSな学園だね」
涼太 「…………」
なんだろう、神宮の屈託ない態度は……。
昨日は結局、唐突に星里奈と陽鞠の名前を口に出して俺たちを混乱させたかと思うと、本人もすぐに逃げるように帰ってしまった。
俺としては、今朝になってようやくちょっと落ち着いたって感じだったのに……。
神宮の行動にはいちいち脈略がないというか、小さな子供みたいというか……どう対応していいのかわからなくなる。
りんか 「十河君、それでこちらの綺麗な人は?」
歩 「蒼森歩です。この子たちの姉代わりのようなものですね」
りんか 「はあ、なるほど。わたし、神宮りんかといいます」
歩さん、綺麗な人って言われて即座に反応したな。
事実ではあるけど、ある意味たくましい人だ……。
歩 「神宮りんかさん、ですか。見かけない顔ですが、ここにご親戚でもいらっしゃ――」
歩 「…………?」
りんか 「……どうかしました?」
歩 「いいえ、なんでも。あなたも可愛らしい方ですね。涼太さんには気をつけてくださいね、田舎町には暗がりも多いですから」
涼太 「おおーいっ!?」
りんか 「引きずり込まれないように努力します」
涼太 「渚沙、なんか言ってやれ」
渚沙 「なぎなぎ……」
涼太 「こっちはダメかっ」
どうでもいいけど、神宮にしても渚沙にしてもそのあだ名はダメなのか。
パンダみたいで可愛くない?
りんか 「あ、遅刻させちゃ悪いよね。わたし、今日は一人であちこちぶらついてみようと思って」
りんか 「それじゃ、勉強頑張ってね。ちなみに、わたしは夏休みの補習はないよ!」
渚沙 「なっ!?」
渚沙 「な、なんて羨ましい……夏休みに休めるなんて……!」
と、渚沙がギリギリと歯噛みしたときには、既に神宮は歩き去っていた。
あいつ、フットワーク軽いな……。
歩 「りんかさん……神宮りんかさんですか……」
涼太 「…………? 歩さん?」
歩 「ああ、そうでしたね。先代と現役の生徒会長が遅刻はまずいですから。行きましょう」
歩 「渚沙さんは早く現実に戻ってきましょうね。可愛いあだ名もいいものですよ」
渚沙 「どうも、あの神宮さんに言われると馬鹿にされてる感が……」
涼太 「…………」
渚沙のことはいいけど、歩さんの態度、やっぱり変だったな。
神宮が、なにか気になるんだろうか……?
まあ、俺のほうがよっぽど気にしてるけど……結局、あいつが何者なのかわからないままだし。
神宮りんか、か……。
うーん。本当に、いったい何者なんだろう……?
と、謎の人物が突然俺たちの前に姿を現そうとも、補習には出なくちゃいけない。
そういうわけで、無事に学園に到着。
ボロくて小さくても、通い慣れて愛着もある我が学び舎――
蒼ノ森学園である。
(to be continued…)