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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 共通ルート 9-3

第九話『幼なじみたちの日常』 (3)




涼太  「痛た……」


    ちょっとした拍子で、肩に走った痛みに顔をしかめる。


涼太  「お、あったあった……」


    部屋の中で目当ての湿布を発見。

    星里奈の奴、手の抜き方が甘すぎるだろ……。相手は素人なんだぞ。


涼太  「しかし、本当に稽古に付き合わされるとは思わなかった……」


    こっちは竹刀有り、向こうは素手だったけど、いったい何度投げ飛ばされたことか……。

    蹴ったり殴ったりしなかったのは星里奈なりの手加減かもしれないけど、あいつ投げ技も凄いんだよな……。


涼太  「だいたい、なんで剣道家が投げ技なんてできるんだよ」


    上手く受け身が取れず床にぶつけてしまった腰を、ひんやりとした湿布が包んでくれて、少しだけ痛みも和らぐ。


涼太  「……あ、そう言えば」


    すっかり忘れていたけど、この湿布、元々は星里奈のものだった。

    こっちの竹刀はまったくかすらなかったと思うけど、湿布返しついでに薬がいるかも念のために訊いてみるか……。





涼太  「おーい、星里奈。入るぞ、いいか?」


涼太  「星里奈ー! ……星里奈?」


涼太  「うーん、返事がないな。……寝てるのか?」


    それならそれで、扉脇に湿布だけでも置いて帰る……か?



星里奈 「はー、今日は疲れた……」


星里奈 「気合い入れて掃除したからな……」


星里奈 「涼太は逆に弱くなったんじゃないか……? 手加減するのが大変だったな」


涼太  「…………」


    いや絶対、星里奈のほうが強くなりすぎてるんだと思う。

    というか、なにしてるんだ、星里奈は……。


星里奈 「はー、癒される……やっぱりみんながいると和む……」


    星里奈は大きなぬいぐるみを抱いて、ゴロゴロと転がっている。

    制服のままで着替えもせずに、スカートの裾も乱れてるし。

    道場での恐ろしい姿からは想像もできないゆるみっぷりだ。


星里奈 「みんながいれば生きていける……はー、可愛いなあ、可愛いなあ」


星里奈 「ああもう、食べちゃいたいぞっ」


涼太  「…………」


    キャラが違う……。

    この姿を、祭や泉実あたりに見せたらひっくり返るだろうな。

    というか、起きてるならちゃっちゃと用事を片付けるか。


涼太  「星里奈」


星里奈 「…………っ!?」


涼太  「まずこっちな。ずっと借りっぱなしになってた湿布。ありがとう、お返しします」


涼太  「あとは、塗り薬とか絆創膏とかも持ってきたけど、そっちはケガとかしてないか?」


星里奈 「りょ、涼太……おまえ、いつから……?」


涼太  「ついさっきだよ。ケガは?」


星里奈 「ケ、ケガは……ない……が」


星里奈 「今まさに、心からどくどくと血が流れ出してるんだが……」


涼太  「そのケガにつける薬はないな。気にしなきゃ、すぐに治るだろ」


星里奈 「お、おまえ冷静だな……」


涼太  「星里奈の趣味なんて、今更だろ」


    星里奈は剣道少女であると同時に、かなりの少女趣味も持ち合わせている。

    特にぬいぐるみが大好きで、ちょくちょく買って帰ってくる姿が目撃されていた。

    それだけでなく、人から古いぬいぐるみを譲ってもらって、修繕したりもしてるらしい。


涼太  「ああ、そのぬいぐるみは俺も可愛いと思う」




星里奈 「お、おお! 涼太にもわかるか! そうだろう、この目元といい全体の柔らかさといい、最高に可愛い!」


涼太  「うんうん」


    俺は思わず、優しい顔になってしまう。


星里奈 「待て、なんだそのどうでもよさそうな顔は! 一瞬期待させておいて、ひどいな!」


涼太  「どうでもよくはないけど、まあ……微笑ましいな」


星里奈 「武人に対して微笑ましいとは何事だ!?」


涼太  「いつから武人になったんだ、おまえは」


    そうは言っても、微笑ましいのは事実だからしょうがない。

    星里奈も張り詰めてばかりじゃアレだし、こういう趣味があるのはいいことなんじゃないだろうか。

    本人は、ぬいぐるみを愛でてるところは俺たちにも見られたくないらしいけど。

    ……いや、まあ、そりゃそうか。


涼太  「ま、ケガがないならいいや。それじゃ」


星里奈 「おまえ、言いたいだけ言って戻るのか!」


涼太  「星里奈の邪魔したくないしな」


    俺がいると、ぬいぐるみを愛でられないだろうから。

    まあ、しかし……。

    星里奈もこういうときは可愛いもんだなあ。







涼太  「っと、歩さん。おかえり」


    居間に戻ると、ちょうど帰ってきたらしきお姉さんの姿が。


歩   「ただいま帰りました、涼太さん」


歩   「生徒会の仕事は進めておきましたよ。三雲さんもなかなか頑張ってくれました」


涼太  「ありがとうございます」


歩   「涼太さんのほうはどうでした? 幼なじみハーレム化計画は?」


涼太  「そんな計画立ててません!」


    かまってあげろとか言ってたけど、そういう趣旨だったのか!?


歩   「涼太さんがその気になれば、あの三人はまとめてでも問題ないと思いますが」


涼太  「問題ありだよ! 俺を人間のクズにでもするつもりっすか!」


歩   「大丈夫ですよ、愛されるクズになればいいのです」


涼太  「歩さん、自分の言動に責任持ってますか……?」


歩   「もう生徒会長ではないので、責任は負わなくていいんですよ」


涼太  「意味がわからない!」


    生徒会、なんの関係もないんだけど!?



歩   「でも、涼太さんも楽しそうに見えますよ。やっぱり、渚沙さんや星里奈さんたちと一緒にいるときが一番なんでしょう?」


    ……ん、まあ、その。


涼太  「……ど、どうでしょう」


    その通りだとは思うけど、なかなか真正面から肯定するのも、むずがゆいというか、なんというか……。


歩   「あなたは昔からあの子たちのリーダーですしね」


涼太  「リ、リーダー……?」


    そんなもんになった覚えはないぞ……。

    もしそんな役職があったとしても、俺にはなんの得もないよな……。


歩   「責任を持って、あなたにあの子たちの世話をしてもらわないと」


歩   「一生」


涼太  「一生!?」


    幼い頃の付き合いが、俺の一生を決めるのか!?

    いや、渚沙たちは嫌いじゃないけど、一生関わり続けるとなると、えらく大変そうだな……。


歩   「ところで、もう一人面倒を見なくちゃいけない子もいますよね」


涼太  「……あ。本題、それっすか?」


    俺の言葉に、歩さんはニコっと微笑みで応えた。


歩   「補習にも出てもらわないと先生方も困りますし、そろそろ連れ戻してもらえますか?」


涼太  「うっ……」


涼太  「それは……そうっすけど……」


    俺たちには、もう一人幼なじみがいる。

    風見陽鞠。

    まあ、あいつのことも、いつまでも放ってはおけないか――

    (to be continued…)