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ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 共通ルート 9-2

第九話『幼なじみたちの日常』 (2)




    うちの学園には、珍しいことに剣道場がある。

    いや、珍しくはないのかもしれないけど、うちみたいな小さな学園にこんな専門的な施設があるのは、結構違和感あるんだよな。

    町にも道場があるし、もしかすると剣術が盛んな土地だったのかも。

    といっても、俺が知る限り、剣道場を利用してる人なんて一人しかいないけど。



星里奈 「お……なんだ、珍しいな」


星里奈 「道場に顔を出すなんて。おや、女連れじゃないんだな」


涼太  「……俺、道場でなにをすると思われてるんだ?」


    道場に女の子を連れ込んで、楽しいことをすると疑われてるのか?


星里奈 「そんなこと、乙女の口から言えるか。いつからおまえは、そんなセクハラをするようになったんだ」


涼太  「今の、俺のセクハラになるのか!?」


星里奈 「安心しろ、訴えたりはしない」


星里奈 「私がこの剣をもって、正しい日本男児のあり方というものを身体にわからせてやる」


涼太  「訴えられるほうがマシだ……」


    命あっての物種だからな。


涼太  「って、冗談ばっかり言い合ってると話が進まないぞ。……掃除中だったのか」


    星里奈のそばには、雑巾やバケツが置いてある。

    星里奈がどこにいるかなんてわからないから、一番いそうなところに来てみただけなんだけど、間が悪かっただろうか。


星里奈 「道場は常に清潔にしておかないとな。何日も留守にしてしまったが」


涼太  「あー、そういえば道場は掃除当番も決まってないもんな」


    放っておいたら、何ヶ月も掃除されないかも。


涼太  「ここ、けっこう広いし、一人じゃ大変だろ。掃除するときは俺にも声をかけてくれよ」




星里奈 「雑巾がけする私のスカートを後ろから覗き見るのが目的か」


涼太  「ピンポイントな目的だな! というか、よくそんなもん思いついたな!」


    あと剣道着のときはそもそもスカートじゃなくて袴……

    ぐっ……! 待て、これは罠だ……!


星里奈 「おまえ、だんだんツッコミがキレてきてるぞ」


涼太  「おかげさまで!」


    特にここ数日、斬れ味が増してきてる気がするよ! 出番多いからな!


涼太  「というか星里奈、歩さんの下ネタトークがうつってないか?」


星里奈 「むう……それはゆゆしき問題だな……」


    自覚なしだったのか。

    本当にゆゆしき問題だな。


星里奈 「手伝ってくれるのはありがたい。ただ、掃除は嫌いではないからな」


星里奈 「涼太は、綺麗なものを[汚/けが]すほうが好みだろうが……」


涼太  「その付け足し、いるか!?」


涼太  「俺がいったいいつ、どこで、綺麗なものを汚したんだよ!?」


星里奈 「つまり、処女には興味がないと?」


涼太  「は? あるに決まってるだろ」




星里奈 「…………」


涼太  「……はっ!? ゆ、誘導尋問なんてずるいぞ!」


星里奈 「まさか、渚沙あたりはもう経験済みなのか……?」


涼太  「し、知るかそんなことっ! なんで俺に聞くんだよ!」


    あの……幼なじみ同士で、こんな生々しい話はしたくないんですけど……。


涼太  「掃除の手伝いがいらないなら、俺は帰るか。稽古の邪魔をしても悪いし」


星里奈 「いや待て、自分が邪魔だとか無能だとか卑下することはない」


涼太  「……言ってないからな?」


    余計なもん足してんじゃねーよ。


星里奈 「ちょうどいい、ちょっと相手がほしかったところだ」


涼太  「相手……って、いやいやいやいやいや」


涼太  「まさか、おまえの稽古に付き合えって!?」


    やばい、いきなり話がとんでもない方向へ転がりだした!


星里奈 「安心していい、涼太は竹刀だろうと真剣だろうと好きな武器を持っていい。こっちは素手でいこう」


涼太  「その程度のハンデで星里奈に勝てるわけないだろ!」


    つかおまえが素手だったら、俺はいったいなんの稽古に付き合わされてんだよ!


星里奈 「迷うことなく情けないことを言うな……」


涼太  「なんと言われようと、命が大事だ!」


    俺も渚沙も陽鞠も、幼なじみたちはみんな、一度は星里奈に剣道を教わったことがある。

    そして――全員揃って叩きのめされ、渚沙なんかは竹刀を見るだけでガタガタ震え出すほどだ。


涼太  「いいか、おまえが俺らにトラウマを植えつけたんだからな」




星里奈 「それはみんなにも強くなってもらおうと、私の優しさがだな」


涼太  「や、優しさ……?」


涼太  「おまえはマジで、どこまでちゃんと自覚があるんだ……」


星里奈 「自覚?」


    星里奈は首を傾げている。

    別にとぼけてるわけじゃないみたいだが……。


涼太  「だいたいおまえ、最近めっちゃ熱心に稽古してるし。どんだけ強くなるつもりなんだ」


星里奈 「私は別に強くなりたいわけでも、勝ちたいわけでもない」


星里奈 「私はただ、剣を振っていればそれでいいんだ」


涼太  「……本当か?」


    どう見ても、いにしえの剣豪でも目指して修行してるようにしか……。


星里奈 「だいたい、稽古の相手でも私のスカートを覗くためでもないなら、なにをしに来たんだ?」


涼太  「いや、ちょっと気になったから様子を見に……」


    星里奈と楽しくお喋りに来ました、とはさすがに言えない。……恥ずいし。


星里奈 「私より、渚沙を見てやったらどうだ?」


星里奈 「渚沙は補習で弱ってるし、そろそろ本気で異世界に行く方法を探し出すぞ」


    それは……確かにやり出しかねない……。


涼太  「でも、もし渚沙が異世界に行っても、星里奈が一緒ならなんとかなりそうだな」


    俺がそんなことを言うと星里奈は、なるほど、という顔をした。



星里奈 「そうか、異世界なら少々斬ったり突いたり刻んだりしても問題ないのか……」


涼太  「おい、その猟奇的な表現、どうにかならないのか……」


    まさかこんな風に異世界に憧れる奴が増えてしまうとは。

    現実逃避が目的の渚沙とはまったく意味合いが違うけど。


涼太  「渚沙の様子はさっき見てきたところだよ。今は、楽しそうにラノベを読んでる」


    一度読んだ本を再読するとか言って、あっという間に意識を本の世界にトリップさせていた。


星里奈 「そうか、それなら放っておいたほうがいいな」


星里奈 「異世界について渚沙に訊いてみたくもあったが……まあ、いい」


星里奈 「今のところは、涼太で我慢しておこう」


涼太  「やっぱりやるのか!?」


星里奈 「心配するな、こっちは素手だ。剣を持たずとも、それはそれでいい稽古になる」


星里奈 「ふふ、直接殴る感触というのも悪くないしな……腕が鳴る……」


涼太  「ぎゃーっ!」


    こ、この凄まじい殺気は!

    こいつは剣道の腕を磨くより、精神を鍛えたほうがいいんじゃないだろうか!

    武道を学び続けてる割には、人間ができてないんだよなあ……。


星里奈 「なにかよからぬことを考えてるな。よし、おまえの精神を叩き直してやろう」


涼太  「くうっ、その台詞はそのまま返したい!」


    でも返せるのは台詞くらいで、反撃とか絶対無理!

    ああ、ここに来たのは失敗だったかも……。

    (to be continued…)