涼太 「ど、どうぞ……」
渚沙 「ど、どうも……」
生徒会室のドアを開けながら、とんちんかんなやり取りをしてしまう俺たち。
なんとなく、お互いに口数が少ないまま学園まで来てしまった。
涼太 「み、みんなの方、行かなくて本当によかったのか?」
渚沙 「う、うん。リョータも一人で仕事じゃつまんないと思うし、それに約束も、あったし……」
涼太 「そ、そっか。約束、したもんな……」
渚沙 「う、うん」
涼太 「……っ」
くそ、二人きりで渚沙と目が合ってドキドキするなんて、まるで相手が渚沙じゃないみたいだ。
今日の渚沙は、なんでこんなに俺に優しいのだろうか……?
渚沙 「というわけで、さっそくチーズケーキ、食べて?」
渚沙はそう言って、女の子らしい小さな手さげバッグから小さな箱に入れられたチーズケーキを取り出す。
みんな用に比べれば一回り小さいが、一人で食べるには贅沢な大きさだ。
涼太 「って、俺一人用なのか? 渚沙の分は?」
渚沙 「あたしもさっきみんなと一緒に食べたし、いくらか味見もしてるしね」
渚沙 「これは丸々、リョータ専用」
専用、という言葉の力に、目の前がチカチカした。
涼太 「い、いいのか? 俺、今日が誕生日とかじゃないぞ……?」
渚沙 「知ってるわよ、バカ」
渚沙 「あたしたち、全員誕生日一緒でしょうが」
涼太 「そ、そうでした……」
渚沙 「もう。本当に忘れてたの……? ふふっ、おかしいんだから」
涼太 「ううっ、いや、ほんとそれくらい嬉しいんだって」
渚沙の一挙手一投足から目が離せない。
なんなんだ、いったい渚沙に、なにが起こっているというのだろう……。
渚沙 「喜び過ぎよ。……こんなことなら、もうちょっと頻繁に作ってあげればよかったかも」
涼太 「頻繁に……作ってくれるのか……?」
渚沙 「だから喜び過ぎだって。これまで、しらっとした顔で食べてて、感想の一つも言わなかったじゃない」
涼太 「そ、それは……」
確かに渚沙の言う通りだ。でもそれには深い理由がある。
涼太 「その、いつも一口二口で終わってしまうのが、悲しくてだな……」
渚沙 「それなら素直に言ってくれれば、もっと作ったのに」
涼太 「今、凄く後悔してる……」
涼太 「いやっ、でもさ……。なんか渚沙におねだりするみたいで、それは負けを認めたみたいって言うかだなっ……!?」
渚沙 「くすっ。なによそれー」
渚沙 「でも、そっか。今まであたしが負けてばっかりだったけど、今後は常に、リョータの弱点を突けるのね」
涼太 「ほらー。やっぱりこうなるから嫌だったんだ!」
渚沙 「嘘うそ。これからは月一くらいで作ってあげるから、機嫌直してよ」
涼太 「こ、これからは渚沙のチーズケーキが、月一で食えるのか!?」
涼太 「やったー!!」
渚沙 「そ、そんな小さな子供みたいに……。そんなに嬉しいの?」
涼太 「嬉しいよ! 渚沙の方こそ、どうしたんだよ突然」
涼太 「あっ、もしかしてなにか俺に頼み事があるとかか?」
自分で思いついておいて、なるほど、と心の中で手を打つ。うんうん、それなら納得できる。
涼太 「月一チーズケーキのためなら、大抵のことは請け負うぞ?」
渚沙 「そ、そういうんじゃ、ないんだけど……」
なんと……。絶対正解だと思ったのだが、違ったらしい。
渚沙 「ただ、歩姉さんからリョータが前にあたしのチーズケーキを褒めてたって聞いて、それで……」
渚沙 「リョータの喜ぶ顔が見たいなって、そう思ったから……」
渚沙のストレートな言葉に、ドキッとした。
涼太 「うっ……。そ、そうなんだ」
なんだろう……。
渚沙が、直視できない……。
渚沙 「そ、そういうこと、なのよ……」
渚沙も今更自分が口にしたことの恥ずかしさを認識したのか、顔を赤らめて視線を逸らした。
か、可愛い……。
渚沙 「ほ、ほら。食べて食べて」
涼太 「う、うん……」
渚沙 「食べ終わったら一緒に仕事も手伝うわ。早く終われば、りんかたちに合流できるかもしれないもんね」
涼太 「お、おう!」
そう言って、意欲高く仕事にも取り掛かったものの……。
一日中一緒の部屋で作業を手伝ってくれている渚沙のことが気になり過ぎて、全然集中できなかった。
涼太 「ふう、なんか今日は疲れたな」
結局、生徒会の仕事は夕方近くまでかかってしまい、秘密基地に行ったみんなとは合流できなかった。
みんなの方も、とくに新しく記憶が戻ることもなく、成果はなかったみたいだけど。
涼太 「それにしても、渚沙の奴はなんなんだろうな」
突然アクティブになってみたり、やったこともない手伝いをしてくれたり……。
一緒にいる渚沙はいつもニコニコと機嫌良さげで、なにかを企んでいるという風でもない。
こういっちゃなんだが、まったくの意味不明だ。
渚沙 「リョータ、ちょっと入っていい?」
涼太 「うおっ!?」
ちょうど渚沙のことを考えていたタイミングで渚沙の声が聞こえたので、飛び上がりそうになった。
涼太 「……い、いいぞ。なんだ?」
動揺しながら応えると、おずおずと渚沙が入って来た。
風呂から上がったばかりなのか、うっすら髪が濡れている。石けんだろうか、ほんのりいい匂いがした。
渚沙 「……起きてた?」
涼太 「まだ早いからな」
渚沙 「……そっか」
涼太 「……お、おう」
渚沙 「…………」
なにちょっと赤くなってるんだよ!
涼太 「……な、なにか用、か?」
渚沙が部屋に来るなんて、別段珍しいことでもないのに、俺もいったいなにを動揺しているんだ……!
渚沙 「う、うん……今度の補習休みって、なにか用事ある?」
涼太 「休みって週末か? いや、別にないけど……」
渚沙 「……そ、それならさ……泳ぎに、行かない?」
涼太 「泳ぎ? 川にか?」
涼太 「まあ、別にいいけど……」
渚沙 「……その、二人で」
涼太 「……え?」
思わず固まってしまった。みんなで遊びに行く誘いだと思ったら、二人で……?
涼太 「二人でって……俺と渚沙でか?」
渚沙 「あ、あたしがリョータを誘ってるんだから、当たり前、でしょ。……他にどの二人がいるのよ?」
涼太 「そうだけど……」
思わず言葉に詰まってしまう。俺と渚沙の二人で泳ぎに行くって、それってまるで……。
デート、みたいじゃないか……。
渚沙 「……だ、ダメ、かな?」
渚沙は、赤い顔をして訊いてくる。それがなんだか色っぽく見えてしまう。
涼太 「だ、ダメってことはないけど……」
だから、俺もたどたどしくそう答えてしまった。
渚沙 「ホントっ? じゃあ、いい?」
涼太 「あ、ああ」
渚沙と二人きりで川遊び……。そりゃあ、嫌なわけがない。
だけど、渚沙はいったい、どういうつもりなのだろうか……。
渚沙 「やった! じゃあ、週末ね!」
涼太 「わ、わかった」
ニッコリと笑う渚沙の顔に、胸がドキリと高鳴った。
俺は週末、この子とデートする。俺たちは、いったいどうなってしまうんだろうか……。
(to be continued…)