special

ポケット・ストーリー

『約束の夏、まほろばの夢』 渚沙ルート 12-1

第十二話『自信がないの、でも負けたくないの』 (1)




    いつもわいわいと賑やかなはずの食卓は、お通夜のように静まり返っていた。

    それというのも……。


渚沙  「………」


りんか 「………」


    あれから、家に帰ってからも渚沙とりんかは険悪な空気を崩そうとしなかった。

    じめっとした腹の探り合いみたいなのはなくなったんだけど、その代わり露骨に武器を構えた全面戦争が始まってしまった感じだ。


星里奈 「涼太、そう言えば昨日は驚きのあまり言えなかったが、渚沙と恋人になった件、本当におめでとう。心から祝福したい」


陽鞠  「陽鞠も言いそびれていました! おめでとうございます。お兄さん!」


涼太  「君らその話題、今この場でなくちゃダメかな!?」


    歩さんも含めて、家の人たちには昨日のうちに俺から報告を済ませた。

    渚沙とりんかが余りにも露骨に角を突き合わせているので、自白するしかなかった、という方が正しいのだが……。


渚沙  「………」


りんか 「………」


    二人は一瞬ピクリと肩を震わせたが、特に言葉を発さなかった。


星里奈 「ほう。今この場とはつまり、どんな場だ? わかるように説明してくれ」


陽鞠  「? 陽鞠、さっぱりです」


涼太  「うごご……」


    ニヤニヤと状況を楽しんでいる星里奈と、本気でなにも察していない陽鞠に挟まれて、俺の進退は極まっていた。


歩   「涼太さんを巡って熾烈な女の戦いが繰り広げられているんですよね?」


涼太  「歩さん、勘弁してくださいよ……」


歩   「あらあら、おモテになって結構なことじゃありませんか」


    歩さんはそう言ってニッコリと笑った。

    真意が読み取りづらくて、はっきり言って怖い。



陽鞠  「お兄さんは酒池肉林だったんですね」


涼太  「意味がわからないし、たぶんそれ間違ってるぞ……」


星里奈 「涼太、今度稽古をつけてやろう。二度と煩悩が湧かぬ程度にしごいてくれる」


涼太  「……なんと言うか、それくらいは甘んじて受けなきゃいけない気がしてる」


星里奈 「しかし、聞くところによると男の生殖本能は死を目前にすると高まるらしいな?」


涼太  「おい。そこまで俺の身体をどうこうする権利を与えた覚えはないぞ」


星里奈 「……ふむ。剃るか」


涼太  「聞けよ! ってなにを剃る気だ、なにを!」


歩   「まあまあ。涼太さんの処分は後日考えるとして……」


涼太  「この話題って後日に続くの!?」


歩   「これでは食事が美味しくいただけませんね」


涼太  「う、ううむ……」


    確かに俺たちが小粋なジョーク――ジョークだよな?――を飛ばしても、渚沙とりんかはクスリともせず、黙々と箸を進めている。

    どうにかしなくちゃいけないんだろうけど、どうすればいいのかもうさっぱりわからない。


涼太  「……あ、ちょっとしょう油を」


りんか&渚沙  「わたしが取ってあげる!!」


    「あたしが取ってあげる!!」


    渚沙とりんかの手が、同時に素早く動いた。


星里奈 「りん……目標を目視せずに動き出すとは。やるな……」


陽鞠  「あのなぎ姉が、まるで猪のように動くなんて……」


    渚沙とりんかの動きに二人は驚愕していた。


歩   「しょう油に手を伸ばしただけですよ?」


    二人の手は、同時にしょう油瓶を掴んでいた。


渚沙  「むっ……」


りんか 「あ……」


    二人の視線が交錯する。

    どちらもしょう油瓶を離さない。ギリギリとしょう油瓶が軋んでいた。


渚沙  「だ、大丈夫よ~。しょう油はあたしが渡すから」


りんか 「な、なぎこそ、無理しなくていいんだよ? わたしの方がしょう油に近いし」


渚沙  「あら? リョータにはあたしの方が近いわよ」


りんか 「しょう油がわたしに近い方が、なぎがリョー君に近いより近いよ」


陽鞠  「二人がなにを競っているのか、陽鞠にはよくわかりません」




星里奈 「くだらんことだ。放っておいて食事を進めよう」


    呆れた様子で食事を再開する星里奈と、気にしながらもただ見ているだけの陽鞠。

    そんな中、渚沙とりんかはまだしょう油瓶を取り合っている。


涼太  「も、もういいって。自分で取るから」


渚沙  「大丈夫、あたしが!」


りんか 「ううん、わたしが!」


    二人がお互い、強引にしょう油瓶を奪ってこちらに渡そうとした。

    拮抗した力がしょう油瓶を襲う。その執念にしょう油瓶は耐えられず……。

    スポンッ!!

    二人の手からしょう油瓶が飛んだ。俺に向かって。


涼太  「え……?」


    ビシャッ!!


涼太  「うわあ!? しょう油が頭から!?」


渚沙  「ああぁぁ……」


りんか 「うわあ……リョー君が頭からしょう油まみれに……」


歩   「あらあらあら」


涼太  「………」


渚沙  「あ……あはは、しょう油も滴るいい男ってやつね~」


涼太  「……言いたいことは、それだけか?」


渚沙  「ひいっ!? ゴ、ゴメン!!!」


りんか 「よ、よかれと思ってやったんだけどねぇ……あはは」


涼太  「よかれと思って、どうしてこうなる?」


りんか 「運命の皮肉ってやつ……かな?」


涼太  「ほぉぉぉお!?」


りんか 「ご、ごめんなさいいいっ!!」


涼太  「ったく」


星里奈 「とにかくしょう油を拭け。凄い匂いだぞ」


渚沙  「あっ! あたしタオル取ってくる!」


りんか 「それならわたしがっ!!」


    争い合いながらタオルを取りに走る二人。


星里奈 「ダメだな、あれは」


涼太  「そう言わず、なんとかしてくれよ」


陽鞠  「陽鞠たちには無理ですよ。モグモグモグ」


星里奈 「剣で切り伏せる必要ができたら、そのときは呼べ」


    そんな必要、できてたまるか……。


涼太  「それじゃ歩さんから……」


歩   「私も遠慮しときます」


涼太  「な、なんで?」


歩   「涼太さんが困ってるのが面白いからですよ」


涼太  「……満面の笑みで言うことじゃないでしょ」


    どうやら誰も助けてはくれないらしい。




渚沙  「リョータ! あたしのタオル使って!」


りんか 「わたしの方がふわふわだよっ!?」


    なんだか、昨日は状況がマシになったようにも感じたけど……。

    こんな変な状態、いったいいつまで続けられるって言うんだ……?

    (to be continued…)