涼太 「んーと……」
あ、いたいた、やっぱりここだったか。
帰ってないみたいだし、買い物にも行ってないとなると、ここしかないもんな。
渚沙 「ふわぁ……ラノベはいいわね……」
渚沙 「ああ、補習もテストもない異世界に行きたい……チート有り、お金も無制限で……」
涼太 「都合のいい夢を見てるな……」
あと、別のものも見えてる……。
渚沙は夢中になると、変な体勢で本を読み始めるんだよな。
椅子の上で立て膝なんてするから、パンツがちらりと……。
涼太 「渚沙」
渚沙 「黙ってて、リョータ。今、いいところだから」
涼太 「いや、だけどな、渚沙。……渚沙?」
ダメだ。完全に本に集中してしまっていて、こちらのことを気にしていない。
渚沙 「へへ……ふへへ……」
渚沙 「ああ、この爽快感……散々偉そうにしてたクズ野郎を一気にぶち倒すカタルシス……たまらないわ!」
ちなみに渚沙さん、普段は“クズ”とかそこまで汚い言葉は使いません。
今は、なかばトランス状態です。
渚沙 「あたしも、たまにはリョータを次々に薙ぎ払いたい……」
思うに、リョータという人物は一人しかいないから、リョータを次々に薙ぎ払うのは無理じゃないだろうか。
というか、なにを妄想しているんだ、なにを。
涼太 「おい、渚沙。楽しんでるところ悪いけど」
渚沙 「待って。今、脳内で気持ちよくなるなにかがじゃぶじゃぶ出てるから」
涼太 「それ、ヤバイんじゃないか……って、そうじゃなくて。いいから、渚沙」
涼太 「パンツ見えてるぞ」
渚沙 「…………っ!?」
渚沙 「み、見てた……の!?」
涼太 「うん」
渚沙 「ぎゃーーーーっ!」
……………………
…………
……
渚沙 「……楽しんでるつもりが、リョータを楽しませてたなんて」
渚沙 「なんて高度な策略……リョータは変わってしまったのね……」
涼太 「俺が仕組んだみたいに言うな」
何回も声をかけたのに無視してたのは渚沙の方だろうが。
渚沙 「なんか、着替え見られるより恥ずかしい……リョータに思い切り見せつけてたなんて!」
涼太 「おまえ、本を読んでると周りが見えなくなるし、図書室はあんまり使わないほうがいいんじゃないか?」
夏休みで人がいないし、そもそも普段もあまり利用者はいないけど、それでも男子生徒だってたまには来るからなあ。
……というか、渚沙のあの行儀の悪い座り方は男子とか女子とか、そういうこと以前の問題だけど。
渚沙 「そ、そういうわけにはいかないわ……!」
渚沙 「だって、ここは名作ラノベの宝庫だもの!」
涼太 「……昔、自分の趣味でラノベを買わせた図書委員がいたって話らしいな」
確かに、ここは学園の図書室とは思えないほど、ラノベの品揃えが豊富だ。
昔の図書委員が司書の先生を上手く丸め込んで、大量購入させたらしい。
後輩である渚沙はしっかりとその恩恵にあずかっているというわけだ。
渚沙 「ラノベ黎明期の作品とかは、さすがに手に入りにくくなってるもの」
渚沙 「ここに来れば名作はもちろん、ちょこっとマニアックな作品も揃ってて、まさに娯楽の殿堂なのよ……!」
涼太 「最近は、古い作品も電子書籍で出てるだろ?」
渚沙 「電気の力で本を読んでなにが面白いの?」
涼太 「マジ顔で聞き返さないでくれ」
別に渚沙はメカ音痴じゃないけど、変なところでこだわりがあるみたいだ。
俺は便利だし結構好きだけど、電子書籍。手に入るまでが早いし、かさばらないからな。
渚沙 「けど、ここのラノベもほとんど読み尽くしちゃったのよね」
涼太 「かなりあるのに、もう読み終わったのか。早いな」
さすがに入学当初から通い詰めている図書室の常連ってのは伊達じゃない。
渚沙 「新しくラノベを入れてほしいのに……さすがに、あたしのお小遣いだけじゃ買える量にも限りがあるのよね」
涼太 「学園に頼めば、多少は入れてくれるだろ?」
渚沙 「不健全な挿絵が一切ないラノベなら入れてくれるらしいわ。でも、そんなものなかったわ」
涼太 「…………」
うん。まあ。そうですか……。
渚沙 「これは権力による検閲よ! 今こそ立ち上がる時!」
涼太 「俺は立ち上がらないぞ」
渚沙 「そんな冷たい! 生徒会長の協力があれば、先生へのアピールもしやすいのに!」
涼太 「俺、ラノベほとんど読まないしなあ……というか、うちの学園じゃ、熱心に読んでるのは渚沙くらいだろ」
渚沙 「今時の若者はソシャゲーばかり遊んでて、嘆かわしい限りね」
涼太 「おまえはいったい何者なんだ……」
俺たちなんて、今時の若者の代表格みたいな世代だろーが。
涼太 「というか、おまえもつい最近ソシャゲーやってただろ」
渚沙 「あれは、好きなラノベとコラボイベントがあったからよ!」
いやあ……我が幼なじみは、ブレないなあ……。
涼太 「まあ、でも……今は、新しい本を入れてほしかったら先生と直接交渉するしかないぞ」
普段、ラノベを読まない人に良さを理解してもらうのは、なかなか難しいかもしれないけど。
涼太 「賛同者を募るシステムとか、もうちょっと要望を出しやすくしてもいいかもしれないな」
渚沙 「そ、そうよ。あたしみたいなおとなしい文学少女タイプは、先生と会話するだけでハードルが高いの!」
涼太 「…………」
おとなしい……? 文学、少女……タイプ?
ははっ、渚沙にしてはなかなかキレのある、身体を張ったギャグだったな。
渚沙 「ちょっと、失礼なこと考えてるでしょ!」
渚沙 「一晩中“ひみつでんわ”でラノベ朗読やってほしいの!?」
涼太 「こっちは“本当にあった恐怖話”を読み続けるけどな」
渚沙 「ぐっ……!」
渚沙 「ひ、引き分けね。朗読は勘弁してあげるわ……」
渚沙さん、マジ引き際心得てるなー。
渚沙の“ひみつでんわ”は着信拒否はできないけど、一方通行にもできない。
話しかけているときは、必ず相手の声も聞こえてきてしまうのだ。
そんなわけで、俺も渚沙の能力への対処方法くらいさすがに心得てる。
涼太 「まあ、とりあえず……一応なにか考えておく。どのみち、夏休み明けになるだろうけど」
渚沙 「もちろん、それでいいわ! だからリョータは大好――」
渚沙 「んんっ! なんでもない! なんでもないわ!」
涼太 「なんで睨まれてるんだ!?」
なにはともあれ、とりあえず渚沙と楽しくお喋りするというミッションはコンプリートだ。
……改めて、俺はなにをやらされてるのかよくわからなくなるな。
まあ、いいんだけど。渚沙と下らないことで喋るのは、やっぱり俺も楽しいし。
これがお互いに気心の知れた幼なじみの特権、ってやつかねえ。
(to be continued…)